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第七章 折れた剣と火の都

 

 

 薄暗い洞窟の中、あなたはぶるっと震えました。

――――寒い、な。

「ごめんね、ベル」隣を歩くクラリスは、しょんぼりと言います。「ぼくの不注意で、こんなことになっちゃって」

――――あれは不可抗力だ。仕方ない。いいから早く済ませて、ここから早く出よう。

 あなたはもう一度震え、クシャミを一つ。自分はアウトローでは無かったんじゃないか、とふと思います。そう思っていると、突然後ろからバサッと肩に何か掛けられました。

――――え、サイファー?

 掛けてもらったのは、後ろを歩く大男のコートではありませんか。

――――いいの? サイファーだって、寒いんじゃないか?

「黙って着ろ。貴様のくしゃみは耳触りだ」

 それだけ言うと、大剣士はプイと黙ってしまいます。口の割に、やさしい人なのかもしれません。もこもこして暖かいコートに袖を通し、あなたはサイファーに礼を言います。

 当然のように、返事はありませんでしたが。

 

     ◆ ◆ ◆

 

 時間は少し戻ります。

 石版回収を終えたあなたたちは宿屋ドリアデスを目指しておりました。

「その宿屋はここから遠いのか?」

 サイファーが問います。

「うん。船を使ってしばらくかかるよ」

「……何故そんな場所を拠点にしている? 何か理由があるのか?」

 言われてあなたは気付きました。今までは仕事を主にエメリアから受けていたため、自然とドリアデスを中心に活動していましたが、これからは組合から仕事を回してもらえるので、組合から遠いドリアデスでは何かと不便しそうです。

 そんなあなたの疑問を、クラリスはあっさりと解決してしまいます。

「ご飯が美味しいから」

「……は?」

 あなたも同じような声を出してしまいました。

「あのね、エメさんの作る料理はと~~~っても美味しいの! だからぼくはあそこを拠点にしようって決めたの!」

 穢れのない天使のような満面の笑みで言われては、あなたも納得せざるをえません。 サイファーはどうかと顔を窺いますが、顔を苦悶に歪めながらも何とか納得したようです。早くもクラリスに順応してきたようです。

「あ、でもサイファーのことも考えなきゃね」

 そう言えばそうです。彼も一人のアウトローとしてやってきたなら、どこか拠点があるものと考えるのが妥当です。

「気にするな。俺は元々拠点なんてない」

「え? そうなの?」

「ああ。だから、拠点があるなら好きにしろ」

 平和的に拠点はドリアデスで決定し、改めて歩き出しました。クラリスが先頭を歩き、それにあなたとサイファーが追随する形となります。

 そのとき、あなたは一つの違和感に気づきました。

――――クラリス。なあ、その剣、ちょっとおかしくなっていないか?

「へっ?」

 クラリスは、キョトンとした顔になります。

「おかしいって?」

――――その左側の剣。ありえない方向に曲がっている。

 クラリスはゆっくりとそちらに目をやり、とんでもない角度に曲がって突き出ている柄を一瞥し、あなたに向き直りました。

 にっこり。

――――いや、可愛いけど。

「……たわけか、貴様らは」

 サイファーの言葉に現実へ引き戻らせたクラリスは意を決したように柄を握り、ぐっと力を入れ抜きます。しかし、鞘から出てきた剣身は三分の一ほど。残る部分は、鞘の中に残されたままでした。

――――折れているな。

「いや、元からこんなだし……」

――――いや、ありえないから。

「あれ? でもこの方が軽くて使いやすいかも!」

――――いやいや、ありえないから。

 サイファーを毛玉から守ったときでしょう。あなたたちが溜息を吐くと、あなたの隣で腕を組んでいたサイファーがゆっくりと口を開きました。

「予備の剣は無いのか?」

「え、うん。これだけ」クラリスの声には、若干緊張の色が見えます。先ほどのイリーガル登録で、自分よりも八つも年上であることを知ったというのも原因の一つでしょう。サイファーは精悍な顔立ちですが、実に齢二十五のお兄さんなのです。

「ぼく、アウトローになったばかりだから、予備の剣を持つほどお金持ってないよ~」

「そうか。そこまで派手に折れては、修理よりも新たに買う方が安く済むだろうな」

 サイファーは無愛想に言い捨てると、フンと鼻を鳴らします。

「もう外は暗い。明日武器屋に行くぞ」

 クラリスはしばらく何を言われたのかわからなかったらしく、キョトンとしていましたが、やがて何を言われたのか気づき、大きく頷きました。もっとも、サイファーは既に窓の外に目をやり黙っているきりでしたが。

 

     ◆ ◆ ◆

 

 トクリの宿に泊まり、翌朝。

 あなたたち三人……イリーガル・リクディム一行は、予定通り武器屋に向かいました。しかし、ここでまた予想外のことが起きたのです。

「双剣やったらこっちの棚やで」

 限りなく胡散臭さの漂う、西国訛りのキツイ店主が案内してくれた場所に並んでいたのは、二本一組の片刃長剣。クラリスはその一振りを持ちあげてみますが、「うわっ」と声を上げ、慌てて棚に戻します。

――――どうしたんだ?

「これ重いよ~。こんな剣じゃ振り回せないって」

 なるほど、クラリスの持っていた針のような剣に比べ、ここの剣はまるきり形状が異なります。それでもサイファーの持つ大剣ほどはありませんが。

「ねえ、おじさーん。ここに置いてあるより軽い双剣って無いの?」

「そこにあるんはウチで一番軽いもんや。生産基準ギリギリの、超軽量モデルやぞ。嬢ちゃん、今までどんな剣使ってきてん」

 店主はクラリスの左手剣を見ると、ブッと吹き出しました。失礼な人です。

「アホ言いな。これは双剣やないぞ」

「えっ?」

 ポカンとしている白髪少女に、店主は剣を押し返します。

「これは細剣(フルーレ)。本来一剣で扱う武器や」

 店主の話によれば、フルーレは剣身を削った軽量武器なので、その分強度は脆弱で、突くか、擦るように斬るようにしなければすぐに曲がってしまうような神経質な刃なのだそうです。

「嬢ちゃん、アウトローになってどれくらいや?」

「半年くらい」

「それだけ折れずに使えたんやったら、扱いはきちんとしとるんやろうけど……しっかし感心できへん、細剣を二本持ちするやなんて。で? なーして右手の方のは折れたんや」

「それは……」クラリスは少々目を泳がせ、小さく肩を落とします。「毛玉を正面から受け止めたときに、折れちゃったの」

「アホやなあ、当たり前やんけ」

 店主は呆れた顔です。

「剣を二本持ちするっちゅうのは、片方を盾代わりに使うねん。せやのに、強度の足りん細剣を二本持ちするのは無茶もええとこや」

 しかしそこまで言うと、店主は諦めたようにニカッと笑った。

「まあ、ワシの目も節穴やあらへん。嬢ちゃんは剣を大事にしとるわ。ワシの思う二本持ちとは違う、嬢ちゃんなりの剣さばきをしとったんやろうな。それなら説教しても意味あらへんわ」

 確かにクラリスは、一般的な双剣術を用いているわけではありません。彼女の剣は基本的に敵を受け止めるようなことはありませんでした。ともかく『アチェル』で自己加速をして、剣に負担がかからない擦り斬りを数多く繰り出す戦法です。先日の毛玉を受け止めてしまったのは、ある意味事故のようなものです。

「しっかし、細剣かいな。アレは需要少ないんよ。せやからウチでは置いてへん」

 店主はそう言うと、帳場に戻り、筆を執ると何事か書き記し、急いであなたたちのところに戻ってきました。手渡された紙には、店主の汚い字で署名がしてあります。その裏には……番地、でしょうか。

――――どういうことだ?

「ウチの商品は北東の鍛鉄都市、ペルトモーグから仕入れとるんや。で、その番地はウチのお得意さんなんよ。ワシの紹介って言えば、良くしてくれるはずやで。あのオバハンはえろうハナシのわかる女やからな」

「……いいんですか、そんなにしてもらっちゃって」

「ええんや、ええんや」

 店主はニヤッと笑います。

「こんなジョートーなお客を紹介してやれば、あのオバハンに恩が売れるやろ?」

 はたしてそれは本意なのか、それとも親切心の裏返しなのか。ともかくあなたたちはお礼を言い、西国訛りの武器店を後にしました。

 

     ◆ ◆ ◆

 

 トクリから船に揺られ、数時間。気づけば川幅は岸がかすんで見えるほどに遠くなっています。

「まだ着かないのかなぁ」

「いや、もうローに入り始めるところだ。もうペルトモーグに入っただろう」

 あなたの言うとおり、船は霧の中を進んでいきます。その横を、見上げるほどの大型船が何隻もすれ違って行きます。

 視界が晴れると、あなたたちの前にあったのは、巨大な石の壁でした。その裾野に、小さく出入り口が見えます。岩場の中にそびえ立つ巨大な石塊、これぞ鍛鉄都市ペルトモーグの全貌です。

――――すごいな。どうなっているんだ、この町は。

「一つの大岩の中をくりぬいて、町にしているんだ」あなたの驚きに答えるように、サイファーがぼそっと呟きます。言われてよく目を凝らして見てみると、岩肌にいくつもの穴が開いており、そこから建物らしきものの影が窺えました。他にも、ローではない煙のようなものが立ち込めている穴もあります。民家のものでしょうか。それとも何らかの施設から排出されているのでしょうか。

 あなたが頭上に気を取られているうちに船は洞窟へと入り込みました。けれど決して暗くならぬようカンテラがかけられており、その先に船着き場が見えてきました。船を降りると、奥に段の多い階段が見えていますね。

「すっごい! 石を彫ったとは思えないほど綺麗だよ! わ、この通路、カランジェ仕立てだよ! 今では再現ができないって言われてる『伝説の装飾』! まさかこんなところでお目にかかられるとは思ってもみなかったなあ! おお、こっちのはガレア時代の――」

 クラリスは、あなたにはさっぱり理解できない用語を並べながら、とにかく興奮しています。目を宝石のように輝かせ、段々と狂気に満ちたテンションになってきました。途中からもう聞かないようにしていたあなたでしたが、クラリスが「ここに住む!」と言い出さないか不安になるほどでした。

 その様子を見て、サイファーは呆れ顔になっています。

「……ベル・エヴァンジェリン。聞きたいことがある」

――――何?

「クラリス・リートヴィッヒはいつもああなのか?」

――――そうだね。

「そうか……」

 サイファーはふうと溜息を吐くと、思いがけない行動に出ました。

「ふにゃあ!」

 騒ぐクラリスの襟元を掴みあげ、ぷらんとぶら下げたのです。

「行くぞ。時間を無駄にするな」

「わかったよ! 行くから離して! はーずーかーしーい!」

「たわけ。どうせすぐに立ち止まるだろう」

 あなたはクラリスを一瞥し、

――――そうだな。そのまま連れて行こう。

 頷いた。

「わーんベルのバカ―――っ!」

 

     ◆ ◆ ◆

 

 鍛鉄都市ペルトモーグの内部は、全部で十二層に分かれているということです。あなたたちが紹介してもらったのは、地上五層目、第三十八番部屋でした。長い階段を昇り、カンテラの掛る通路を抜け、あなたたちはようやく『三十八番』と書かれた看板に辿り着きました。石の通用口にはめ込まれた木の扉、その向こうからはカンカンと金属を打つ音が聞こえてきますね。

 イリーガルを代表し、クラリスが戸を叩きます。

「すみません!」

 その声は、届いたようでした。金属音がやみ、すぐに扉がギィと開けられます。

 顔を出したのは、エプロンをかけた中年の女性。糸のように目が細く、愛想良く微笑んでいます。

「あら、お客さんかしら」

「うん。トクリの武器屋さんに紹介してもらったの」クラリスは紹介状を女性に手渡します。それを見た鍛冶屋は、小さく頷きました。

「わかったわ。それで、何が欲しいの?」

「細剣なんだ。これくらい軽い奴」

 クラリスは自分の左手剣を差し出します。鍛冶屋は剣を受け取り、元々細い目をさらに細くしました。

「なるほど、軽いわね。亜銀製みたいだけど……ちょっと中に入って待っててくれる?」

 それだけ言うと、鍛冶屋は奥にバタバタと走って行きました。

 

 そこは、作業所でした。いくつもの金属片と、槌や桶が壁の炉を囲んでいます。向こうに見えるのは、型でしょうか。立っているだけで汗が噴き出してくるほどの暑さです。

「わあ、凄い。ぼく、鍛冶屋さんに入ったのなんて初めてだよ」

 きょろきょろと部屋中を見回すクラリスに倣い、あなたも辺りをぐるりと見回します。そこで目にとめたのは、真上でした。

――――ん? クラリス、この天井の模様は何だろう?

 天井には、明らかに人為的に付けられた幾何学的な図形が深く彫られています。

「ほんとだ、何だろこれ」

 クラリスも首を傾げたところで、ぶっきらぼうな灰髪剣士の出番です。

「わからないとは呆れたものだな。どう見てもレムリア文字だろう。熱の魔法『エルプト』だ。ペルトモーグは都市全体に巨大なレムリア文字式が書かれている。だから普通の炉とは比べ物にならないほどに高熱の炉を使うことができる」

「……サイファー、物知りだね」

「フン、武器を持つ人間なら常識だ。貴様ほどもの知らずでは無いと言うだけで褒められても、全く嬉しくないね」

 顔を逸らすサイファー。その顔が赤いのは、部屋の高温のせいでしょうか。

 どこまでも嫌味な男です。

 

 クラリスが頬をぷくっと膨らませていると、バタバタと鍛冶屋が戻ってきました。

――――何をしていた?

「倉庫を見てきたよ。亜銀の在庫が切れていたような気がして」

――――それで、あったのか?

「ううん、無かった。てへっ」

――――いや、そんな茶目っけ見せられても。

 なんかこの鍛冶屋、クラリスに似ています。

「ええっ、それじゃ作れないってこと?」当のクラリスは慌てていますが。「亜銀って、どこで売ってるのかな」

「売ってないわねえ。鉱石じゃないし」

 鍛冶屋曰く、亜銀は銀とよく似た性質を持っていますが、ツノゴオリという巨獣のツノなんだとか。

「亜銀をやめて、純銀製の武器にしてもいいけど……高いわよ?」

 値段を聞いて、あなたたちは絶句しました。アウトローの稼ぎでは、一年働いても買える額ではありません。

「そこで、ものは相談なんだけど……ツノゴオリから角を取って来てもらえないかしら?

 一本あれば十分だけど、そうね、五本くらい取って来てもらえれば最高。製作費はタダにしてあげる。悪い話じゃないと思うんだけど」

「乗った!」

 

     ◆ ◆ ◆

 

 ……という経緯で、あなたたち一行は、ペルトモーグ北東の鍾乳洞に突入する羽目になっているのでした。そこはペルトモーグとは打って変わって極寒の地でした。岩肌には青白い氷が根を張り、まともに歩ける道などどこにもありません。

「ここも遺跡なのかな?」

 滑る道を慎重に歩きながら、クラリスが呟きます。

――――遺跡? どうしてそうなる。

「この大陸には、今は忘れられた文明があったんだよ。その遺跡が、大陸中に残ってる。遺跡の奥には、魔法書が残っていることが多くて、かの有名なサクトフォン魔王も……」

――――うん、わかった。もう聞かない。

 クラリスはどうも遺跡や歴史の話になると、目の色を変えるのでいけません。

 鍾乳石の垂れ下がる洞窟内は、外よりも冷えます。極力、長居したくないのは共通の思いでした。幸い、天井にはところどころ亀裂が入り、幾本もの光の線が差し込んでいます。照明には困らないでしょう。

「それより、クラリス。貴様、ツノゴオリという生物を知っているか?」

「え? サイファー知らないの?」

「いや、ツノは見たことがあるが」

「ぼくもツノゴオリそのものはわかんない」

 当然、記憶喪失のあなたに分かるはずもありません。

「サイファーって何でも知ってるのかと思ってた……」

「他人を当てにするなたわけが」

 しばらく三人は黙りこみましたが、

「……まあ、ツノを見ればわかるならいいや!」

 悩まないことにしました。

「ツノが生えた、馬なんてどう? 素敵じゃない?」

 クラリスが予想を述べます。

 

 幾度も曲がり続けると、突然広い場所に出ました。見上げるほどに大きな半円柱です。

 天井の亀裂から風が吹き込み、一層寒さを増しています。その上足元は湿っていますね。たった今、水をばらまかれた後のようです。一歩足を進めるたびに、ぺちゃぺちゃと音が響きます。

「やなとこだね。早く出ちゃいたいよ」

 それにはあなたも賛同しました。この洞窟はとにかく冷えます。詳細な情報も得ずに来たことがそもそもの元凶なのですが、今さら町に戻って準備を整えるわけにもいきません。あなたたちは進むしかないのです。

 先を急ぐあなたでしたが、そのとき奇妙な感覚に襲われました。

 それが何かは分からず、あなたは尋ねずにはいられませんでした。進行方向の先を指差し、背を見せるクラリスに言います。

――――今、あそこの地面。何か動かなかったか?

「え」

 クラリスはびくついて前方へ目を凝らしますが、あなたと同じ違和を共有できなかったようで、苦笑を浮かべながら振り返ります。

「や、やだなー、何もいないじゃん。こ、恐がらせようったって、そうはいかないよー」

 相棒はこれでもかと言うくらいに怯えていましたが、あなたの言葉は本当でした。

 薄暗いためうまく視認できないものの、確かに地面が波打っているのです! それも、一か所ではありません。あちこちで、ぬるぬると何かがうごめいています。不安定になる足場で倒れぬよう身を低くしていると、動き出した地面から無数の突起物が出現しました。何らかの意図を持って突出しているわけではないようで、あなたたちの傍に突き出すものもあれば、まるで見当外れの場所から這い出るものまでありました。

 三角柱の突出物は、その数を八まで増やし終えると、またうごめきはじめます。

 あなたたちが混乱する中、サイファーが口を開きます。

「リートヴィッヒ、お前の予想は外れだ……」

 両手剣を、片手に構える灰髪剣士。

「え? どういうこと……?」

 クラリスが疑念に表情を曇らせていると、意思なくうごめいていた、〝氷の角〟の先端があなたたちに向けられました。

「これが、ツノゴオリだ!」

 氷角があなたたちを襲います。別々の方向へかわしたあなたたちの、元いた地面に氷角が突き刺さります。最初は角の生えた巨獣が這い出てきたものかと思いましたが、どうやら違うようです。

 氷角の根本には液体で構成されておりました。透明の液体に、あなたの背丈ほどもある氷角。それこそがツノゴオリの全貌のようです。しかし、一つの角ごとに本体が存在するというわけでもないようで、よく見ると液体は他の氷角とも繋がっております。地面が揺らいで見えたのはこの体のせいでしょう。

「はぁあああ!」

 サイファーは大剣を両手に構え直し、横一閃に薙ぎました。しかし、相手は液状。一度真っ二つにしても、すぐに身を寄せ合って再生してしまいます。サイファーの強力な一撃でさえこの始末です。クラリスの剣でも結果は見えているでしょう。それに、現在クラリスは片方の剣を失っており、戦力は半減しています。

「ッ!」

 最初に襲いかかる氷角の餌食になったのは、クラリスでした。再度飛び出してきた氷角に対して、クラリスはいつものようの紙一重で回避して反撃を行なおうとしましたが、それがいけませんでした。

 触れてもいないのに痛みが走ったのです。痛みが生じたのは顔、首、手、そして足。どれもクラリスが肌を露出させている個所でした。皮膚を針で引き剥がされるかのような激痛に、クラリスは思わず身を折ります。そのまま転げてしまいました。その身に氷角が襲いかかります。

――――クラリス!

 あなたは咄嗟に『エアー』を唱えますが、効き目はありませんでした。あなたの魔法『エアー』は対象を視界の中心に据え、宙に浮遊させる魔法なのですが、ツノゴオリのように視界に収め切ることのできない相手には通用しないようです。忌々しげに氷角を睨むあなたの視界の端から、一人の灰髪剣士が姿を現します。

 サイファーはクラリスに襲いかかる氷角を下から斬り上げました。快音が響き、光る粒子が散りますが、サイファーの斬撃をもってしても破壊には至りません。しかし、軌道を変えることには成功し、氷角は身を縮めたクラリスの頭上を突き抜けていきました。

「いったァ!」

 それでもやはり刺すような冷気には当てられてしまったようで、クラリスは首やら足を擦りながら氷角との距離を開けます。

「ここは撤退すべきかなっ?」

「待て、この手の生物は大型の単細胞のはずだ! どこかにある核を壊せば、殺せる!」

 あなたたちは目を凝らします。クラリスは剣を振いながらですが、あなたは(現時点では役立たずのため)目に集中できます。果たして、ジェル状の体の奥、赤く光る物が見えました!

「それだよ! たぶんそれ!」

 核は、四本の氷角に守られた奥。攻撃に向かってきている氷角は全体の半分の四本。氷角は液体の中を高速で自由に移動できるようで、攻撃に回っている四本の氷角は静止することなく常に動き回り、突き刺そうとしてきます。文字通り、足の踏み場も無いこの状況、そこまで到達する方法はないように思えました。

 サイファーの大剣さえ通さぬ硬度を持つ氷角の防御を、どうすれば突破できるのでしょうか。それ以前に防御がなかったとしても、四連の突きをかわして防御陣まで到達することさえ困難なこの状況。打開策はなかなか思い浮かびませんでした。

 回避と反撃を繰り返す二人に対して、あなたは避けるだけです。魔法が通じなければどうしようもありません。それでもあなたは応戦するしかないのです。

「どこを狙っている!」

 サイファーに恫喝されました。

 あなたの魔法は見事に標的を誤り、視界の中心に転がっていた岩を持ち上げていました。それが障害となってサイファーの道を封じてしまいます。怒られるのは必定です。あなたは大声で怒鳴るように謝りますが、壁や地面に突き刺さる氷角の破砕音に阻害され、声が通ったのかどうか分かりせん。

 そのときでした。

 あなたは打開策を閃きました。

 あなたは作戦を怒鳴ります。恐らく聞こえていないことでしょうが、確認を取る暇はありません。あなたは再び本を構え、一気にページをめくりました。その瞬間です。

「……うおうっ!」

 サイファーが握っていた大剣に引っ張られるような形で宙へ浮きます。これがあなたの作戦……というわけでもなく、ちょっとした誤算がありました。

 あなたはサイファーの大剣を浮遊させようとしたのです。生身で近づいては冷気の刃に当てられて動けなくなります。それがなくとも氷角の猛攻を防ぎかわすのは容易なことではありません。しかし、大剣だけであれば話は変わります。武器であれば冷気を気にすることなく接敵でき、なおかつ、防御の合間を縫って核を潰せると思ったのです。

 しかし剣を放せという声は、どうやら彼に届かなかったようです。

「のわあああああああああああああああああ」

 サイファーもろとも、剣は飛びました。一度は魔法を解除して彼を降ろそうとしましたが、彼の下方より迫る氷角を見て考えを改めました。ここで解放してしまうと氷角の餌食になることは必須。サイファーのことですから案外楽々と避けそうな気もしますが、飛ばされたときの悲鳴を聞く限り、なんだか期待はできません。

――――続行だ。

 だから、あなたは強行することにしました。

 サイファーごと洞窟の天井ギリギリまで飛ばすと、核の真上まで操作し、氷角の届かない範囲まで持って行きました。そして、あなたは叫びます。

――――サイファー!

 視線があなたに注がれます。

 一番大きく見えた感情は困惑でしたが、それでもあらん限りの殺意を込めていることは窺えました。殺されても致し方ありませんが、とにかく叫び続けます。

――――……突き落とすから、後はよろしく!

「たわけがあああああああああああああ」

 灰髪の大剣士は絶叫を伴いながら急降下していきます。

 大剣の先端を下にした降下の最中、最初はあなたに向けていた眼光をすぐさま真下のツノゴオリに向け直し、大剣にありったけの力を乗せるため、握っていた柄を右脇に挟み込み、一直線に降りていきました。

 途中、防御陣に阻まれてしまいますが、サイファーの一撃は先程までとは段違いの威力が込められており、それを防ぐほどの耐久力は持ち合わせていなかったようです。氷角は空気を震わせる高音を響かせて真っ二つに折れました。

 陣営に、穴が開きました。

 彼は、その千載一遇のチャンスを逃すような真似をする男ではありません。氷角との接触により降下を妨げられたサイファーでしたが、今はさらに奥で据えられた核へ大剣による突きを仕掛けています。

 その背後へ、攻撃特化の氷角が四本同時に襲いかかります。身の危険を悟ったツノゴオリは、今までにないほどの速度で命を守ろうと動いたのです。速度にだけ重きを置いたせいか、常に表面から漂っていた冷気はその姿を失せております。

 大剣が届くのが先か。

 氷角が届くのが先か。

 命を賭した勝負は、ほんの一瞬の差で決まります。

 

 勝ったのは、氷角でした。

 

 サイファーの背に氷角の先端が今まさに刺さろうとしていますが、彼の大剣は液体に阻まれて、核までの距離を近づけずにいました。どう見ても先に攻撃を穿つのはツノゴオリのように見えました。

 だが、まだ勝負は着いていません。

「やらせない、よ!」

 氷角が大きく揺れます。氷角は腹に、弾丸のような襲撃を受け、大きく軌道をずらされました。氷角の攻撃はサイファー一点に集中していたため、一つの氷角を弾くと、連鎖的に他の氷角にもダメージを与えることができ、結果的にサイファーへの攻撃は外れることとなりました。

 何の障害もなくなったサイファーの大剣は、赤く輝く核を、砕きました。

 

 イリーガル・リクディム結成後初の戦闘は、勝利に終わりました。

 もう動かなくなったツノゴオリの氷角を持ち帰れる大きさに砕く作業を行ないながら、先の戦闘を振り返っておりました。ちなみに、作業をしているのは、あなた一人です。

「エヴァンジェリン……。二度と……二度とあんな真似をするな」

 強く、きつく叱られたあなたは、罰として一人で氷角の採集をさせられておりました。罰があるのは当然です。あんなことをしてしまったんですから。サイファーは無理な体勢からの攻撃のせいで足を痛めてしまったようです。

「いやー、今回は危なかったねー」

 笑みを浮かべるクラリスの右腕には包帯を巻かれておりました。怪我もありましたが、暖を取るという目的も兼ねての行動です。最後の衝突により、右袖が破けてしまい、結果右腕があらわになってしまっていたのでした。クラリスは自分で包帯を巻こうとしましたが、上手くすることができず、見かねたサイファーがクラリスの手当てをしておりました。態度は恐い人物ですが、やはり根は優しい人のようです。

「〝加速〟に切り替えて正解だったよ。そうでなきゃ間に合わなかったもん」

 氷角を揺るがすほどの衝突は、クラリスの使う魔法、加速によるものでした。シールドを解いて防御を捨てた、まさしく捨て身の一撃。通常状態の氷角ならば、冷気と強度により完全に防いでしまったかもしれませんが、あのときは状況が違っていました。ツノゴオリも生命の危機にさらされていたため、相手も防御を捨てていたのです。それが功を奏しました。

「……また、助けられたな」

「いいよ、いいよ。っていうか、サイファーがいなかったら絶対勝てなかっただろうし。ね、ベル」

――――ああ。本当にサイファーには感謝している。

 何故か凄くサイファーに睨まれてしまいました。あなたが何をしたというのでしょう。あ、投げ飛ばしたんでしたっけ。

 あなたは肩を竦めながら作業に戻ります。そんな二人を見て、クラリスは声をあげて笑っていました。

 

     ◆ ◆ ◆

 

 町に戻ると早速あなたたちは鍛冶屋にて氷角を鍛冶屋の主人に渡しました。

「七本も取ってきてくれるとは……すごいじゃない、あんたたち」

 鍛冶屋は感心した様子で受けとってくれました。反応は上々です。これでクラリスに良い剣を打ってくれそうです。あなたはクラリスと目を合わせて笑い合いました。

 鍛冶屋は今から作業に取り掛かってくれるのか、作業場に向かいます。まずは氷角を作業台に置き、奥にある木製の戸をくぐって行っていきました。道具を取りに行ったのでしょうか。しかし、あなたのいる作業部屋のような場所は既に何に使うか見当もつかない道具でごった返しています。これ以上何が必要だといのでしょう。

 期待しながら鍛冶屋の再登場を待っていると、鍛冶屋は棒状の物が入った布を抱えて戻ってきました。いったいあれは何でしょう。耐えかねたクラリスが尋ねます。

「これから打ってくれるの?」

「ああ、そうさ」

 わあ、と笑顔を弾けさせるクラリス。

「完成までには三日ほどかかるよ」

「あれ? そんなにかかるんだ」

「普通に打てばそう時間はかからないんだけどね。あんたに持ってもらう剣には特製の魔法を付加しておいてあげるから、多少時間がかかるのは勘弁しとくれ」

 クラリスの目の輝きが増します。

「ほんとっ? 魔法剣って高くて手が出せなかったんだけど、それを打ってくれるの?」

「そうさ。七本もツノゴオリの角持ってきてくれたんだ。それくらいしないと割に合わないでしょ、あんたたちも」

 飛び跳ねながら喜び出したクラリスを見て、あなたは首を傾げます。そんなあなたを見て、サイファーが口を開きました。

「魔法剣とは、魔法の加護を得た剣のことだ。刀身か柄に、魔法書のように文字を刻んで何らかの魔法特性を持った武器を生みだすことができる。攻撃魔法を付加することもできるが、細剣では文字数の関係で難しいだろうな。それでも簡単なものはつけられるだろう」

――――確かに、文字とか刻めそうにない。

 説明をし終えたサイファーに、感想と感謝を告げたあなたでしたが、サイファーはフンと鼻を鳴らして顔を背けてしまいました。

「勘違いするな。お前の呆けた面を見ていると不愉快になっただけだ」

知れば知るほど優しい男です。

「やー、楽しみだねー、魔法剣なんてぼく持つの初めてだよー」

 本当に飛び跳ね始めたクラリスをなだめながらも、鍛冶屋の方が気になって視線を向けていると、鍛冶屋は先程から抱えていた布の中身を取り出していました。まずは、柄のようなものが顔を見せます。そして次に鍔。そして刀身が納めているであろう鞘が姿を現し、それが二度行なわれました。

 ……双剣のように見えました。

「それで」

 鍛冶屋が刀身の細い双剣を抱えて告げました。

「完成したものが、こちらです」

「へ?」

 クラリスの目が点になります。

 あなたも同様の反応をしてしまいました。

 こういう時はサイファーに頼りましょう。いざ目を向けたあなたでしたが、サイファーは口を少し開けて茫然としておりました。実に彼らしくない反応に、あなたは目を背けて肩を震わせました。

「……へ?」

 クラリスは言葉を失いながらも、差し出された双剣を受け取りました。まだ目に生気は戻ってきていません。

「魔法の加護は『イクス』。斬りつけた個所から火が上がって、そこから爆発が起こるっていう代物さ。ああ、もちろん剣の強化もしておいた爆発で折れるなんて間抜けなことにはならないし、魔力の消費も最低限に抑えてあるよ。発動させたい時は今までみたいに掠り斬りをすればいい。斬撃が強まれば強まるほどに爆発の威力も上がるから、一応取り扱いには注意しなよ。あと、抜刀する時には特に注意すること。そこで魔力を込めたら、抜いた瞬間にドーン! だからね」

 一気に捲くし立てられますが、クラリスは理解してくれたのでしょうか。まあ理解していなくても、後でサイファーが説明し直してくれそうな気もしますが。

「じゃ、これから頑張りなよ!」

 鍛冶屋はやり遂げた表情を浮かべて奥の部屋に逃げようとします。

 その肩を後ろから押さえたのは頼れる男、サイファーでした。

「おい、どういうことだ……?」

「あはは~、どうって……。てへっ」

 サイファーの背しか見えませんが、相当怒っていることが伝わってきました。

「わ、悪かったよ! ほんとはさ、もう双剣置いてあったんだよ」

「へ?」

 クラリスはそれ以外話せなくなっているようです。かわいそうに。

「でもさー、見たところ強そうな剣士だっているしー、もう角が無くなりそうだったからー、行ってもらおうかなと」

「ふざけるな……そのせいで俺がどんな目にあったか……!」

 まだ根に持っていました。

「お、落ち着きな! 確かに騙すようなことはしたけど、剣の精度は本物だよ! この店に置いてある、というかあたしの作れる限り、それ以上の魔法剣は無いって言っても過言じゃないさ!」

 それだけは本当だと信じていいのでしょうか。サイファーに睨まれて嘘がつける人間などそういないでしょうし、本当だとは思いますが。

 サイファーを止めたのは、やはりクラリスでした。

「あー、そうなんだー! じゃあ、いいや!」

 また飛び跳ね始めました。本人が満足しているのですから、もう文句を言うことはできません。

 こうして白髪の相棒は、新しい細剣を手にし、意気揚々と鍛鉄都市を後にしたのでした。

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