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第六章 イリーガル・リクディム

 

 あの夢は、いつも唐突に訪れます。

 

 燃え続ける町の中、あなたはまた走っていました。火の雨をはらわねばならない。死した先兵のために、町の命のために、そしてこの愛しい世界のために。あなたは町の中心を目指して走っています。

 消さねばならない。

 共鳴を消さねばならない。

 その方法を、あなたは知っています。あなたがやらねばならないのです。

 きっとその結末を、彼女も望んでいることでしょうから。

 

 目を覚ませば、トクリの宿。

 毎日ではないにせよ、あなたはこの夢を何度も見ています。そのたびに少しずつ場面が変わっているような気もしますが、基本は同じ。炎の中で走っているだけです。

 そのため、あなたは相棒にこの夢のことをもう話していませんでした。最初の一度だけ。これ以上話しても心配させてしまうだけでしょう。今朝もそうして、結局誰にも話すことはありませんでした。

 

 さて。石版回収も、最終日となりました。

 そして作業も終盤に差し掛かったところで、意を決しクラリスが口を開きます。

「バートレー、あのね。外霧組合の公式登録、いっしょにしてくれないかな?」

「はーん?」

 赤毛の男はにやりと笑いました。

「イリーガル組むってことか? いいじゃねえか! お前らなかなか面白いし、悪い話じゃないな」

 クラリスが説明していませんでしたが、『イリーガル』とはアウトローの書類上の基本単位になります。三人以上いないと認められないことになっています。

「ありがとう! じゃあこの後一緒に組合に行こうよ」

「そうだな、給料取りに行くついでにそうするか! イリーガル名は何にする?」

「リクディムなんてどうだろ? 二十一カ国時代の私立軍の名前でね……」

 盛り上がる二人ですが、あなたはクラリスの脇腹をつつきます。

――――サイファーには聞かないのか?

 あなたは遠くで帰り支度を始めている大男を一瞥します。

――――彼だって、仲間が欲しいアウトローだろう。

「……あの人はぼくたちみたいな新人じゃないよ。ベテランだと思う。誘っても嫌がるよ、きっと」

――――そうだとは思うけど。

 確かに、クラリスやバートレーに比べ、サイファーは雰囲気が大きく違います。

 それに、何より、先日の班作りのとき、連続して勧誘に失敗した記憶がクラリスの行動を足止めしているようです。無理もありませんし、また酷い断られ方をしないとも限りませんし、それ以上クラリスに何か言うようなことはできませんでした。

 ちょうどそこでバートレーが石塔を崩し終えました。

「よっしゃ、今日はここまで! トクリの宿に帰ろうぜ」

 しかし、その瞬間でした。

 

     ◆ ◆ ◆

 

 あなたたちの周囲から、遠吠えが響き渡ったのです。複数……少なくありません。

「囲まれているな。応戦するぞ!」

 サイファーが叫んだとき、一頭が先陣を切ってきました。人の頭ほどの毛玉です! 毛玉はぐわっと牙をむき、バートレーに飛びかかりました!

「てめえに言われるまでもねえぜ! 抜刀『クライヤ』!」

 赤毛が刀を薙ぎ払った瞬間、毛玉は姿を消していました。

 どこに行ったのかと辺りを見回しますが、死角から飛びかかってくるような気配もありません。不思議に思っていると、バートレーが突然あの奇妙な笑い声をあげました。

「ひひひひひひ」

 バートレーが笑い終えると、バートレーの持つクライヤの刀身が中心から膨らみだし、口のような穴がぱっくり開いたかと思うと、穴の中から先ほど姿を消した毛玉が僅かにその頭とも背とも知れぬ部位を覗かせました。そしてバートレーは毛玉が詰まったままのクライヤを、地面めがけて縦に振りかぶりました。毛玉は突撃してきた数倍の速度で吐き出されると、二、三度地面を叩いて動かなくなりました。

「どうだ見たか! クライヤはどんなものでも、一個だけ吸い込めるんだ! 生き物でも関係ないぜ! まさに、一対一では無敵の刀なのさ、ひひひひひ」

「おー! すごーい!」

 クラリスが熱い視線をクライヤに送ります。

 対極的に、サイファーは酷く冷めた様子でした。

「……二個以上吸い込むと、どうなるんだ」

「ああ、破裂する。駄目だぜ、二個も来ちゃ」

 言っている間に、毛玉の大群が一斉に飛び掛かってきました。初めの二体はクライヤに飲み込まれ、

「あ」

 直後無事に脱出することになりました。刀がぷくうと膨れ、破裂したからです。毛玉が破裂に巻き込まれて怪我を負うようなことはなく、けろっとした様子で先端が矢印のようになっている尻尾を地面にばたばたと打ちつけています。相当お怒りのようです。

「なぜだあああああああああああああああああああ」

 さっき自分で言っていたじゃないですか……。

 赤毛が戦力にならないと判断したあなたたちは己の武器を構えて臨戦態勢を整えました。

 初手を取ったのは毛玉の軍勢でした。毛玉たちは集団戦を得意とするらしく、一斉に飛びかかってきたその様は、巨大な壁にでも接近されているかのような迫力がありました。

「ベル!」

 クラリスに言われるが早いか、あなたは壁の中心めがけて『エアー』を発動させました。すると壁の中央を形成する一団が下降する重力に逆らい、天高く一気に上昇していきます。先ほどのバートレーの一撃で絶命したことから、この高さまで上げれば、後は魔法を解除するだけで倒すことができることでしょう。

「ナイス、ベル!」

 クラリスは駆け出しました。

 一瞬前まで壁となっていた中央には、今敵は一匹たりともいません。いずれ落下してくるでしょうが、クラリスはその前に決着をつけるつもりようです。鞘から放たれた双剣は次々に毛玉を両断していきます。クラリスの剣技は叩きつけるようなものではなく、擦って斬るようなものでした。横振りで毛玉の身に当てると、その表面を滑るように剣を自分の方へ引き抜き、その引く力を殺さずに回転する力へ置換し、次なる獲物の身に刃を当て、引き切る。その繰り返しです。まるで舞踏のように感じました。

 クラリス一人ではカバーしきれない部分を再度『エアー』で応戦しようとしましたが、その必要はありませんでした。

 もう、敵がいません。

 クラリスの援護をしようと構えていたせいで、見えていませんでしたが、後方で飛びかかろうと待機していた毛玉たちは、一匹残らず絶命しておりました。

 その骸の中心に立つのは、サイファーです。

「ふん、大したことないな」

 サイファーは大剣についた毛玉の体液を振り払いながらそう言いました。

「うわ、すごい……」

 飛びかかってきた毛玉の相手を終えたクラリスが、鞘に剣を仕舞いながら、あなたの隣に並びます。息こそ切らしてはおりますが、こちらも怪我ひとつないようです。

「フン、あの腰抜けは逃げたか。無責任な奴だ」

 吐き捨てるように言うと、サイファーは大剣を背負います。

 言われてようやく気付きましたが、バートレーの姿が見えません。そういえばクライヤが破裂してからというもの見かけませんでしたが、どうやらサイファーの言う通り逃げてしまったようです。

――――イリーガルの話、どうする?

「……もういいよ。仲間を置いて逃げるような人、知らない」

 あなたに背を向けたクラリスは、淡々とした様子でそう語ります。あなたはその言葉の淡泊さに、見覚えがありました。あれは確か、自らの父について語っていたときのことです。普段のクラリスが見せない、心の奥。触れてはならないとは分かってはいるものの、いつかそこに辿り着ければと、思わずにはいられませんでした。

 あなたのそのような願いを知ってか知らずか、振り返るクラリスの顔にはいつものように笑顔が咲いておりました。

「石版の回収も終わったし、そろそろ帰ろっか」

 首肯し、河辺に置いていた荷物を拾おうとしたところ、既にサイファーがその荷物を拾い上げてこちらに向かってきていました。さっさと終わらせてしまいたいようです。足場に転がる毛玉の死体は、あなたが『エアー』で仕留めたものです。

 後は帰るだけだ、と気を抜いていたときのことでした。

 突如毛玉の死体の山から、一匹の毛玉が飛び出してきました。まだ生き残りがいたのです!

「危ない!」

 クラリスは咄嗟にサイファーと毛玉との間に飛び込み、右手の剣の腹で毛玉の牙を受けました。剣が短く甲高い悲鳴をあげますが、牙はサイファーにもクラリスにも至ることはありませんでした。違いに動きが一瞬静止しますが、すぐさまクラリスは左手の空いた剣で停止する毛玉の体を下から斜め上へと上がる突きを繰り出し、毛玉を貫きます。

 それだけで決着はつきました。

――――二人とも、大丈夫か?

 駆け寄るあなたの横を、小さな影が通り過ぎました。視界の端に映ったその姿には、うんざりするくらいに見覚えのある毛玉の姿でした。しかし、違和感があります。明らかにサイズが他のものと異なりました。気になって目で影を追うと、毛玉が何か袋のようなものをくわえて跳ね逃げておりました。

 あの袋は……。

――――石版!

 あれはサイファーの担いでいた、石版の詰まった袋です。サイファーの方を見やると、確かに彼の手元には何も無くなっていました。どうやら先の襲撃で落としてしまったようでございます。そしてその隙に別の生き残りがかっさらっていったわけです。

 そんなことを考えているうちに毛玉は河辺から森の中へと跳ねていってしまいました。あれを依頼主に届けなければ、報酬を受け取ることができません。

「追おう、ベル、サイファー!」

――――ああ。

「俺に命令するな……!」

 言いながらもあなたたち三人は森へと駆け出しておりました。

 

 毛玉の姿は案外あっさり見つけられました。もう見えなくなっているかと思いましたが、何故か毛玉は袋をくわえてこちらを向いて待ち構えていたのです。怪しく思いながらも寄っていきますが、ある程度近づくと弾くように跳び出してしまいます。

「誘っているな、あの毛玉」

 集団戦に始まり、仲間の死体に紛れて奇襲を仕掛ける戦法と言い、毛玉は知能の高い獣のようです。石板を盗んだのも、きっと偶然ではないのでしょう。明らかにあなたたちをおびき寄せるための餌として使っています。

――――深追いして大丈夫だろうか。

「そうだね。サイファーの言う通りなら、罠っぽいし……」

「怖いなら貴様らは先に戻っていろ」

 サイファーはさらに加速して先を行きます。確かにここで追走を止めても、問題は解決されません。あなたは並走するクラリスに目配せすると、サイファーに続きました。今できることは、毛玉の計算が狂う速度で追いつくか、罠を回避するため周囲を警戒しておくことだけです。

 次の瞬間、毛玉は予想外の行動に出ました。毛玉は深い茂みに姿を隠してしまったのです。それだけならさほど驚くこともありません。潜り込んだとしても揺れる葉を見れば位置は容易に把握できますから。しかし、問題はその揺れにありました。

「増えたっ?」

 草が一斉にざわめきを持って激しく踊ります。一匹の逃走ではとても生み出せない光景です。やがて騒音は落ち着きを見せ、茂みに潜む者は、三方向に散って駆け出しました。どれもこれもまるで別々の方向です。

「どれが石版持ってるかわかんないよ!」

「言ってる場合か! 別れて全部追うぞ!」

――――分かった。

 それ以上言葉をかわすことなく、あなたたちは別々の道を駆け出しました。

 あなたは正面を抜けていった毛玉を追います。茂みに走行を邪魔されますが、見失うようなことはありませんでした。毛玉があえてそうしているのかもしれませんが、あなたは追いかけることしかできません。

 やがて視界が開けました。

 そこは木々も茂みもない、不自然なほどに開けた広場でした。俯瞰すると円状の空間が窺えることでしょう。その空間のお陰で、あなたはようやく毛玉を視界の中心に捉えることができました。その毛玉は、石版の詰まっているであろう袋をくわえています。毛玉もこの広場に出ることまでは考えていなかったようで、焦燥感にかられて駆けているように見えます。

 また森に紛れる前に、あなたは『エアー』を発動させました。不安定な体勢のせいでいつものように天高く弾き飛ばすようなことはできませんでしたが、毛玉を宙に舞わせて逃走を妨害することには成功しました。毛玉は身動きが取れません。あなたは近くに落ちてあった手頃なサイズの枝を拾うと、浮遊する毛玉目がけて思いっきり振り被りました。他に攻撃の手段がなかったので仕方がありません。

 さすがに大きなダメージは与えられませんでしたが、衝撃で毛玉は袋を落として、その毛に覆われた身を何度もバウンドさせて木に打ちつけられました。落ちた袋が重量感のある音をあなたに届けてくれます。どうやら本当に当たりのようです。

 安堵する間もなく、あなたは再び毛玉に向けて『エアー』を発動しました。今度はきちんと効力を持った魔法となり、毛玉は高く空に飛ばされ、やがて地面に叩きつけられてぴくりとも動かなくなりました。

――――はぁ……。

 一息つくと、あなた袋を手に取り中身を確認しました。どうやら無事のようです。

 二人とどう合流したものかと悩み始めたあなたの元に、草がぶつかり合う、擦り切れるような音が聞こえました。その方向に目をやると、見覚えのあるサイドポニーがぷらぷらと見えてくるではありませんか。

「あ! ベルだ!」

 背の高い茂みから姿を現したのは、クラリス・リートヴィッヒその人でした。クラリスはあなたのすぐ目の前まで来ると、膝に両手を着いて肩で息をし始めました。

 クラリスは荒れた息を整えながらもあなたの手に持つ袋に気づきました。

「取り返せたんだね! よかったー」

――――そっちは大丈夫だったのか。

 聞くまでもなく怪我ひとつ見られません。しかし、クラリスは予想外の返答をしました。

「いやー、大丈夫じゃないね……」

 どういうことか意味がよく分かりませんでしたが、直後、あなたもすぐにクラリスと同じ危機下に身を置くことになるのです。

 クラリスがやって来た方向から、突如耳をつんざくような咆哮があなたたちを襲いました。後頭部を鈍器で殴りつけられたかのような衝撃に思わず身を竦ませてしまうあなたとクラリスでしたが、驚いている暇はありません。声が放たれた方へ体を向けると、茂みが大きく分かたれ、声の主が姿を現します。

 猛牛。

 三度、あなたは猛牛と対峙したのです。どういう運命の巡り合わせでしょうか。くだらないことを考えている余裕などありません。あなたとクラリスは短い悲鳴をあげると、猛牛に背を向け猛然と駆け出しました。

 猛牛が迫る振動が身を振るわせます。

 その最中、クラリスが口を開きました。

「毛玉を追いかけてたらいつの間にか猛牛の縄張りに入っちゃったみたいでしかも毛玉が猛牛の蓄えておいた食糧を食べて隠れちゃってそれを猛牛はぼくの仕業と勘違いしたみたいですっごく怒って大変なの!」

 クラリスは涙ながらに一息で説明し切りました。

 どうやら毛玉の罠に見事にはまってしまったようですね。あなたは毛玉が罠に導く前に仕留めることができましたが、罠にはまっていたらと思うと恐ろしくなりました。

「どうしよう。前みたいにローがあるところに逃げ込めればいいんだけど……!」

 言いながら進行方向にある大木を避けるべくあなたたちは右側へ跳びます。猛牛は微細な方向転換ができないらしく、大木に角から激突しますが、破砕音を散らしながら大木をへし折ると、ゆっくりこちらに向き直り、再度突進を仕掛けてきました。どうにも、さっぱり堪えていないようです。多少距離は開きましたが、現状は危険なままです。

 あなたは一度首だけ後ろに回して魔法書を開きます。

「無理だよ!」

 しかし、それはクラリスによって止められてしまいます。

「エアーは動き続ける相手には効果が薄いの。毛玉みたいに小さなものなら何とかなるかもだけど……たぶん猛牛には通じない……!」

 あなたは悔しそうに眉をしかめ、魔法書を仕舞います。

 どこまで逃げればいいか、まるで分かりません。

「一番近いトクリでも、ここから結構距離あるよ。それに、何より……!」

――――何より?

 クラリスは片方の口角の上がった笑みを浮かべ、続けます。

「道、わかんない」

 そういえば、あなたたちは今どこを走っているのでしょうか。

 絶望する間も与えず、猛牛は大地を、大気を震わせながら接近してきます。

 状況を打開する策も思いつかず、ただ駆けていたときのことです。

「あ、サイファーだ!」

 走る先に長身の男が見えました。戦闘中なのか、大剣を構えています。

さらに近づくと、あちらの状況も理解できました。辺りに毛玉の大群が地に伏せているのです。足下にいるそれに気付かず転びそうになりましたが、無事サイファーの所まで辿り着くことができました。ちょうど戦闘を終えたところのようですね。

「サイファー、逃げよう! 猛牛が来てるの!」

「そうか」

 クラリスの焦りは伝わらず、サイファーは平然とした様子で迫る猛牛を見据えています。

「何してるの! 早く逃げなきゃ!」

「黙れ。……お前らは下がっていろ」

 必死に逃げるよう促しますが、彼は猛牛に向けて踏み出しておりました。どうやら猛牛と真正面から戦おうとしているようです。その様を見るところ、どうも無謀な戦いを挑む者には見えませんでした。当たり前のことを、当たり前のようにこなそうとしているだけにしか見えません。

 サイファーの言に従い、あなたとクラリスは彼より後ろに下がることにしました。心配ではありますが、ここは彼を信じるしかありません。

 猛牛が吼えました。

 角による重量と速度の乗った一撃をサイファーに向け一直線に放とうと急接近してきます。対するサイファーは、楽な体勢で大剣を上段に構えるだけです。自ら接近するようなことはしません。ただ、待ちます。

 そして、激突が生じます。

「――――っ!」

 サイファーは大地に穴でも開けようとするかのような強い踏み込みをすると同時に、掲げていた大剣を猛牛の脳天目がけて振り下ろします。

 勝負は、それきりでした。

 

 石板を回収し終えたあなたたちは、トクリへの帰路についていました。

「サイファー、すごかったね」

 先を歩くサイファーの背を見ながら、クラリスが呟きました。

 あれほどの猛威を振るった猛牛が、たったの一撃で仕留められたのです。驚かない方がおかしいというものでしょう。毛玉の戦闘である程度の力量は把握していたつもりでしたが、それはただの一端に過ぎなかったようです。まだまだ底が知れません。

 しかしながら、隣を歩くクラリスの表情は、いつものような華やぎが見られません。普段ならすごいすごいと誉め騒ぐところなのですが、どうしてかクラリスは大人しく遠くから見守るだけでした。その様子を心配に思う反面、サイファーに声をかけたくてうずうずしているのが話さなくても伝わってきました。きっと、イリーガルに誘う気でいるのでしょうが、先日の失敗からまだ立ち直れていないようですね。

 あなたの中にも一つの疑念が残っています。それは、先日デイヴを追ってきたリミュニアの言葉です。アウトローの中には許されない者がいて、それをひどく嫌う少女。彼女の問いに答えられなかったあなたは、本当にこのまま何も知らないままイリーガルを組んでよいものかと、少し迷っておりました。

 あなたが一人黙って考え込んでいると、クラリスについに我慢の限界が訪れます。

「ベル、ちょっと行ってくるね」

 あなたは苦笑で送り出しました。自分が答えを出すのに手間取っている間に、クラリスは答えに辿り着き、駆け出しました。

 その背を見ていると、迷いなど捨ててしまおうという気持ちにさせられます。

「サイファー!」

 クラリスの呼びかけにサイファーが足を止めます。

 サイファーの隣にクラリスが並びます。身長の高低差のせいで、クラリスは見上げ、サイファーは見下ろす形になります。

強く、挑戦者のような瞳を携え、開口をします。

「ぼくらと一緒に、イリーガルを組まない?」

 言いました。

 まだ全快ではないようで、語調にいつもの覇気を感じられませんでしたが、それでもクラリスは言ったのです。後は、サイファーがどういう返事をするのかだけです……。

「断る」

 告げられたのは、短く、はっきりとした、拒絶でした。

 クラリスの表情に影が差しこみました。瞳からは色が失せ、明るい声を聞かせてくれる口元は硬く閉ざされてしまいました。

 そこへ、さらなる言葉が浴びせられます。

「……そう、言いたいところなのだがな」

「へ?」

 クラリスとあなたは、同じような、とぼけた声をあげました。

「お前には一度助けられている。その分を、ここで返しておくのも、悪くはない、か」

 歯切れの悪い言い様に、あなたとクラリスは首を傾げました。そういえば、毛玉との戦闘でクラリスがサイファーを助けたことがありました。サイファーは今、そのことを言っているのでしょうか。

 しかし、どういう意図での発言か、あなたもクラリスも理解できていないようでした。そんなあなたたちの様子など気にも留めず、サイファーはフンと鼻を鳴らし、歩を進め始めてしまいました。けれども、あなたたちはそれに続けません。

 見かねた大剣士は足を止め、大義そうに溜息を吐くと、首だけ回して肩越しにこちらを振り返りました。

「何をしている。組合に行って、イリーガルを設立するのだろう」

 クラリスとあなたは顔を見合せ、ぱあっと笑顔を浮かべました。

 灰髪の大剣士は、また視線を前に戻します。

「もう三人揃っただろう。ぼやぼやしていると置いて行くぞ」

 トクリに着くまでの間、クラリスの笑みが絶えることはありませんでした。

 

 かくして、イリーガル設立に必要な人数は揃ったのでありました。

 

     ◆ ◆ ◆

 

 トクリに戻ったあなたたちは、外霧組合にて石版回収の報酬を受け取ると、さっそくイリーガルを組む手続きに移りました。

「じゃあ、イリーガルを組むのは、クラリス・リートヴィッヒ、ベル・エヴァンジェリン、サイファー・ノアニールの三人でいいんだね?」

「はい、お願いします」

 手続きはごく簡単なものでした。あなたは書類に名前や年齢などを書くことしかしていませんが、リーダーとなるクラリスは書類が何枚か多いようです。手持無沙汰になったあなたとサイファーですが、何も言わず彼女の背中を見ていました。ちまちまちま、とペンが動き、ようやく組合員が頷きます。

「うん。承認は少し時間がかかるけど、結成にはもう問題ないよ。これからの活躍に期待するよ、イリーガル・リクディム」

「ありがとうございます!」

 全てを終えたクラリスと合流してあなたたちは外霧組合を後にしました。

 そして、石版の回収で得た報酬の確認をしていたときのことです。クラリスが内容を見て首を傾げているのでした。

――――どうかしたのか?

「報酬が、なんだか多い気がして……」

 元から多くない報酬だという話でしたが、それにしては金額が多いようです。石板回収の最低限のノルマはこなしていましたが、特別成果の良い仕事ではありませんでした。

 二人して首を傾げるあなたたちにサイファーが口を挟みます。

「奴らの分が含まれているんだろう。途中で抜けたのは、デイヴと」

「……あ」

 そう言われてあなたたちは同じ人物に思い至りました。

――――バートレーか。

 結局バートレーはあの毛玉との戦闘からすっかり姿を見せなくなっていました。

「最後に逃げ出した罰ってことで、いいかな……」

 少し暗い表情が浮き出しました。

――――許せないか?

「うん、そうだね。ちょっと。……ラルフゲルドのこと、思い出すから」

 クラリスは表情一つ動かしません。

 家族を置いて仕事のために遺跡に向かい、帰って来なかった父親。病気の母から目を背けて逃げ出した父親、という印象を父に抱いているのでしょう。だから、クラリスは、その正反対の道を歩んでいるようにあなたは思えました。母のためにアウトローになり、あなたのために仕事と宿を与えてくれ、身を挺してサイファーを助けたクラリスの言動こそが、あなたの思いを後押ししました。

 彼女が元よりこういう人間だからこそ父を許せなかったのか、それとも、父親のようにならならいためにそういう道を選んだのか、それは分かりません。

「家族、か……」

 サイファーが、ぼそりと呟きました。

 誰に聞かせるために言ったわけでもないらしく、視線は前を向いたままでした。そんなサイファーの隣についたクラリスが尋ねます。

「そういえば、サイファーはどうしてアウトローをしてるの?」

「……今は話すつもりはない」

 相変わらず素っ気ない態度です。

「そっか。じゃあ、そのうち聞かせてね、待ってるから」

 大男の冷めた態度も気にせず、白髪の相棒はいつもの調子で微笑みます。

 まだまだどうなるか分からない一行でしたが、とにかくあなたたち……イリーガル・リクディムはこの時ようやく始まったのです。

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