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第五章 大立ち回りと小さな僧正

 

 指揮官から地図を渡され、担当地区を言い渡されます。

「お前たちは北の第十六区画。回収した石板はきちんと持ち帰ってくれ。もし壊れていても、仕事の証明として持ってきてもらおう。そうすれば多少の金は払う。ただし、いくらお前たちが仕事しようが、石板を持ってこなければ金は払わないから注意しろ。……あと、もう騒ぎを起こすなよ」

 最後の一言が胸に刺さりますが、あなた以外の四人はまるで気にしていないようでした。

 あなたたち五人は、河に沿って歩き出します。自己紹介は歩きながら。

「オレはバートレー・ラスティ。バートレーでいいぜ」

 赤毛の男、バートレーは気さくにそう語ります。荒っぽい性格ではあるようですが、基本的には人づきあいの良い青年のようです。

「……サイファー・ノアニールだ」

 灰髪の男、サイファーは渋々といった様子でそれだけ言うと、黙ってしまいました。彼はバートレーとは対極的な男性のようですね。

「まあ、三日きりだが、よろしくな! クラリス、ベル、サイファー。どうせなら、仲良くやろうぜ」

「そうだね。いい人と組めて運が良かったよ!」

「嬉しいこと言うじゃねえか嬢ちゃん」

「ボクも嬉しいよ!」

――――もう大人しくしていてくれ。

 陽気な赤毛が騒いでいる間に、あなたたちは泳いで渡れるほどの細い川に突き当たります。地図に書かれた説明によれば、保護塔は川沿いに設置されているようです。一見しただけでは塔らしきものは見当たりませんが、良く見れば草の中に、膝丈ほどの石塔が点々と続いています。

――――この塔が、獣から航路を守っているというわけか。じゃあ、これが使える魔法も『ロー』なのか?

「ううん、これは『ディオドリズ』。獣を寄せ付けないローと違って、人の気配を隠す魔法……って言えばわかりやすいかな。人の臭いや、音を抑えるの」

――――音や、匂いを?

 あなたはいまいち理解できずにいました。そんなあなたの傍で動く人影があります。人影はバートレーの隣まで無音で移動すると、

「美しき、突き落とし!」

 本人曰く、美しくバートレーを河へと突き落としました。変態の奇行へ叱責を加えようとしたあなたでしたが、デイヴは笑顔で河へ落ちた赤毛を指差しているだけでした。あなたは顔をしかめながらもそちらへ視線を移します。

 河では予想通りバートレーが憤慨して大口を開いて暴れております。しかし、

――――あれ、音が……。

 あなたは状況を説明してもらおうとデイヴへ視線を戻します。

「ふふふ、静かなる喧噪とは、何とも美しいじゃないか」

 説明してくれそうもない。

 しかし、一度冷めた思考のお陰で、状況は掴めました。クラリスの言う通り、音が抑制されているため、バートレーの発する音がここまで届かないのです。これで獣に気づかれずにいられるのでしょう。

 河から戻ってきたバートレーが、デイヴにありったけの怒りをぶつけますが、デイヴはただただ笑うだけでまるで相手にされません。その後、クラリスに諌められて何とか落ち着きを取り戻したバートレーは、水を払いながら自分の落ちた河を眺めて言います。

「しかしこれ、どうやって動いてんだ? 魔法は人の魔力で動かすもんなのに、これ無人だよな?」

 彼の疑問は、あなたもちょうど抱いていたところでした。しかしそのとき、後ろでサイファーが嫌味なほどの溜息を吐きます。

「……水には魔力が宿り、ある構文を書き加えた魔法文を動かすという。……これは水社(すいしゃ)だ。水の魔力を引き出し、無人で魔法を永続的に発動させる建築術。貴様、予想以上の物知らずだな」

「へーへー、無知でわるかったな」

 バートレーが受け流したおかげで喧嘩には至りませんでしたが、相変わらず険悪な間柄は健在のようです。周囲の空気の重さなど気にかけないデイヴが言葉を紡ぎました。

「ちなみに、ローもこの『水社』の技術で保たれているよ。ローの場合、河の水に限らず、地下水をくみ上げて水社を使っている場合もあるけど、仕組みとしては変わらないね。勉強になったかな、諸君」

「テメエは変態でなければまともだな」

 赤毛の言っていることは破綻している気もしますが、言いたいことは分かります。

「無駄口を叩く暇はない。動け」

 サイファーは不機嫌そうに一瞥をくれると、先を行きました。

 

 作業は簡単。水社をバラバラにして、『ディオドリズ』の石板を取り出すだけ。石板は薄い上に軽いので、持ち運ぶのに苦労することはありません。

 五人は、石を崩し始めました。力任せに壊すよりも、構造的に解体したほうが簡単ですし、労力もかかりません。支給された工具で、部品を外していきます。半分も崩せば石板を取り出すことができ、半壊の社はもはや単なる石に過ぎませんから、そのまま放っておけば自然に還ります。

「でもよ、トクリもケチだよなあ」

 沈黙に耐えかねたか、バートレーが呟きました。

「どうして面倒かけて石板を回収しようなんて思うかねえ。そのまま放っておいて、また新しい航路を開くときには石板を彫り直せばいいじゃねえか」

「あー、言われてみればそうかもー」

「だろ? なーんでわざわざこんな面倒なことさせんだか」

 クラリスとバートレーは作業の手を止めて頭を抱えて考え込み始めてしまいました。あなたも疑問には思いましたが、手を休めることはありません。

 助け船を出したのは、意外な男でした。

「たわけが。薄い石板に文字を彫るのは、高い技術が必要になる。高い技術にはそれ相応の金が必要にもなる。それよりも、俺たちのようなアウトローを雇う方が遥かに安上がりで済むんだ」

「うえ、そうなのかよ。何か腹立つなあ。なあ、クラリス」

「うんうん。でもさすがはトクリの領主、って気はするけどね……」

 疑問が解消しても作業を再開しない二人に、サイファーが険のある声を飛ばします。

「貴様らが物知らずなのは構わないが、勝手に手を休めるな。俺達はお遊びのためにここにいるわけじゃないんだぞ。どれだけ遅かろうが、手は動かせ」

「……お前さ、嫌味になるとよく喋るよな」

 目を細めて睨みつけるバートレーですが、サイファーは既に関心を失った様子。手際良く石版の解体を行なっていました。

「バートレー、今のはサボってたぼくたちが悪いよ。ちゃんと作業しようよ、ね?」

「ぐぬぬ……まぁ、そうだな……分かったよ」

 ぶつくさ言いながらも平和的に作業へ戻ってくれました。そしてクラリスはサイファーにも声をかけます。

「ごめんね、サイファー。真面目にやるからさ、あんまり怒らないでね。あ、それと、石版のこと教えてくれてありがと!」

「……やかましい。さっさと働け」

「はーい」

 それからは手を止めることなく作業を続けました。時折あなたとクラリス、バートレーが話をするものの、作業さえしていればサイファーが怒り出すこともありませんでした。そんな中、あなたは違和感を覚えます。

――――静かすぎる。

 いつもやかましいくらいに騒ぎ立てている男が、会話に乱入してきません。なぜかと思い周囲を見回すと、少し離れたところで、

「ふおぉぉぉぉ、ボクの解体の腕前、美しすぎる。美しすぎるぞ!」

 変態は騒いでいました。周囲に残る『ディオドリズ』のおかげで声がうっすらさえぎられているのでしょうか。どちらにせよ、あなたは全力で聞かなかったことにします。

 しかし、そんなことを許すデイヴではありませんよ。

「ほら、見たまえベルくん! うつく……馬鹿な、その美しき手さばき、ボクと同等の美を秘めている……! ベルくん、君はいったいどこの出身だ?」

――――分からない。

「分からない……。もしかして、触れてはいけない聖域だったかな」

――――いや、大丈夫。……記憶喪失なんだ。自分が何者なのか、なにも分からない。

「そうか。……美しい悲劇だね」

――――病気なのか、デイヴは。

「それで、クラリス君に拾われて、アウトローをしているわけか。……んー、やはりクラリス君は美しいね! 後でめいっぱい褒めてあげよう!」

――――やめてくれ。

 あなたは作業に戻りました。

 

 

     ◆ ◆ ◆

 

 その、二日後のことです。

「そう言えば、バートレー。武器は無いの?」

 通算七十二個目の石塔を解体しながら、クラリスが尋ねました。

「見たところ、魔法使いっぽくないし。短剣でも持ってるの? もし戦闘があったら、お互いの戦法を把握しといた方がいいだろうからさ」

「……ひひひひひ、よくぞ聞いてくれたな!」

「その笑い、なかなか斬新な美しさだな。なあベルくん」

――――いや、わからない。

 デイヴがあなたに握手を求めるのを見もしないで、バートレーは工具を放り、立ち上がりました。心底嬉しそうな様子です。

「オレは! 刀使いだ!」

 高らかに言い放つバートレーですが、もちろんあなたには意味がわかりません。サイファーは無言で工具を拾いました。舌打ちは聞こえましたが暴言を吐かないだけ、だいぶ良好になっていると言えましょう。

「カタナ……って、なに?」

「おいおい、参ったな! 知らないのかよ! 由緒正しき魔法武器だぜ? いいか、刀ってのは、魔力で構成された武器のことだ!」

 バートレーは意気揚々と解説を始めてしまいました。

「魔法には、魔力を火や氷に変える『物質化』があるだろ? アレの応用で、武器の形に魔力を構成することができるんだよ。ただ、普通の魔法じゃ物質化を長く保つことはできない。魔力が切れちまうからな。だから使い手の魔力を刀に最適化させて、柄の部分は物質として用意することで、安定して物質化を保つことができるわけなんだ。しかもただの武器じゃねえぜ、それぞれが魔法の力を持っているから、普通の武器を扱うよりもよほど戦略に幅が出るし、強い」

 ……ベラベラと喋るバートレーですが、結局どういうことなんだかよくわかりません。

――――クラリス。わかりやすく説明してくれないか。

「要するに、普段は柄だけで持ち歩けて、戦闘時には剣身を魔法で作り出すふしぎ武器なんじゃないかな。で、魔法でできている武器だから、ただの武器とは違うふしぎ能力がある、と」

「メチャメチャざっくり説明するなあ、お前……。まあ、だいたい合ってるけどさ」

 バートレーは苦笑いをすると、ポケットから手のひら大の柄を取り出しました。

「これが刀だ。いくぜ、出て来い『クライヤ』!」

 彼がそう言った瞬間、柄は光り輝き、そこからにょきにょきと剣身が伸びてきました。一見長剣のように見えますが、どちらかというと木の幹のような質感をしています。

「わ、すごい! ねえバートレー、ぼくにもやらせてくれない?」

「そりゃ駄目だ」クラリスの反応がいたく嬉しかったらしく、バートレーは得意げににやついています。

「刀を使うには、自分の魔力を刀に合わせて変質させなきゃいけない。で、一度変質させちまうと、もう魔力の質は戻せなくなる」

 そこまで言ったところで、あなたたちが理解して無いことに気づいたバートレーは、慌てて言葉を続けます。

「つまりこの刀、『クライヤ』に合わせて魔力を変質させたら、一生他の刀を握ることはできねえんだよ。オレは持ち主だからそれでいいけど、お前は困るだろ。軽々と変質をさせるわけにはいかねえよ」

「そっかー、残念」

 そのとき、あなたたちの背後で、ズンと大きな地響きがしました。振り返れば、サイファーが大剣を地に突き刺し、不機嫌な顔をしています。

「何度も言わせるな、たわけが。遊んでいるんじゃない。役立たずだからと言って努力を放棄するな」

 サイファーはぼそっと呟き、再び剣を背負い直します。バートレーは嫌な顔をしながら刀を消しましたが、そこでふと思い出したような顔になります。

「……そう言えば、サイファー。おまえ確か、家名がノアニールって言ってなかったか?」

「だったら何だ」

「いや、どこかで聞いたことがあると思ってたが、思い出したんだよ。大英雄、ヴィンセント・ノアニールだ。ヴィンセントは当時でも有名な刀使いで、その刀『タタガミ』はヴァレア三大刀の一本にも数えられてる。お前、もしかしてそこの家のもんじゃねえのか?」

 バートレーの問いかけに、サイファーが答えようとしたとき、思い出したようにデイヴが割って入ってきました。

「それは実にドラマティックだね! そんな名のある家の者がこんな場所で石板を美しくちまちまと解体しているなんて、きっとよほどの事情があるに違いない! そう、そこには聞くも涙、語るも涙の壮大なる愛憎劇が隠されているのだ! さあ、遠慮なく話してみたまえ、サイファーくん! できるだけ美しく!」

――――さあ、作業を再開しよう、みんな。

 これ以上は変態のペースに飲み込まれてしまうと思ったあなたは、無理矢理この話題を切り上げました。バートレーは文句を言ってくるかと思いましたが、デイヴが関わっているためか、おとなしく引き下がってくれました。

 クラリスは作業を再開したあなたのすぐ隣にやって来て、一緒に作業を始めました。

「ねえ、ベル。結局、サイファーは、その有名なノアニール家となにか関係あるのかな」

 やはりまだ気になってたようですが、あなたは、

――――さあ、どうなんだろう。

 と答えることしかできませんでした。

 

     ◆ ◆ ◆

 

 それは突然のことでした。

 作業開始から六日目の夕刻、空が紅く染まる頃。あなたたちは仕事を受けている十日の間だけ借りたトクリの宿屋まで戻ってきていました。歩いている間はデイヴの意味のわからない美的感覚について延々聞かされるという地獄を味わっていたあなたでしたが、不意に変態が言葉を止めたのです。

――――どうした?

「んん? 宿の前にいる僧侶、ずっとボクを見てるなー、と思って」

 言われてデイヴの視線の先を辿りますが、人波が見えるだけ。この町を訪れた際に見かけたような黒装束で錫杖持ちの者など、どこにも見当たりません。いったい誰のことを言っているのでしょうか。もう一度視線をデイヴに戻しました。

――――見当たらないよ。

「なんと。見間違うボクも美しい!」

――――もう頼むから休ませてください。

 すっかり疲れ果てたあなたは宿屋に一番に入り、変態の相手を終えた達成感を味わいながら部屋に戻ろうと宿屋の廊下を歩いていました。他にも数多くのアウトローが同じ事情で宿泊しているため、部屋には他にもサイファーとバートレーが一緒に泊まっています。クラリスはデイヴと一緒に別の部屋で泊まっておりました。しかし、近頃デイヴはあなたの部屋に入り浸っています。

 逃れられぬ美の探究者のことを思うと憂鬱になりそうでしたが、あなたは自分を励まして戸を開け放ちました。

「動くな!」

――――は?

 戸を開けた瞬間、あなたは黒装束の集団に錫杖の先端を突きつけられておりました。彼らの格好には見覚えがあります。この一団は、僧侶でしょう。魔法書の管理や犯罪者の捕縛などを行なう事を目的とした組織、といった説明をクラリスから受けましたが、それがどうしてここにいるのでしょうか。

 そしてあなたを困惑させた要因が他にもありました。

――――女?

 僧侶たちの先頭に立ち錫杖を突きつけている黒装束の下には、一人の少女の姿がありました。今まで見かけた僧侶は誰も彼も年齢に幅はありましたが、男性が多かったように思えます。他の僧侶を見回してみても、やはり他は全て男性です。けれど、あなたの前に立つ僧侶は、女性だったのでした。それも、少女と呼ぶに相応しい若々しい顔立ちを見るに、せいぜい二十代前半といったところでしょうか。

 橙色の髪を後頭部で一つに結わい肩甲骨の高さまで流した少女は、同色の猫を思わせる大きく丸っこい瞳であなたを真っ直ぐ睨みつけてきます。あなたはその姿に、凛々しいという印象を受けました。

「君は、この部屋に泊まっている者だな?」

 あなたは一つ頷きました。

「デイヴ・ファントムという者を知っているな?」

 また頷きます。

「君とファントムは、どういう間柄なんだ?」

 今度こそ喋らないといけない質問が投げかけられたわけですが、あなたはなかなか口を開けませんでした。錫杖を喉元に当てられていては、喋ろうにも恐くて喋り出せません。それをまるで察してくれず、少女は表情を一つも変えずあなたの返事を待ちます。

「僧正。いい加減錫杖下ろしたらどうですか」

 後ろで控えていた僧侶の一人、男性が少女に向けてそう進言します。気付けば、少女以外の僧侶は皆錫杖を下ろして脱力した様子でした。先日町の中で見かけた僧侶はいつまでも堅苦しい様子で歩いておりましたが、その姿とは似ても似つかぬ様です。ある者など錫杖に体重を預けて脱力しきっているのですから。

 仲間のやる気のない姿を目にした少女はむっと口を曲げます。

「だらしないぞ、みんな。僧侶たる者、常に義を持って事を成せ、だ。そんなことでは教皇に顔向けできないではないか」

「出たよ。僧正の教皇好き……。そんなことより、その子はファントムとは関係ありませんよ、どうせ。領主から聞いた話だと、適当に五人組を作って仕事にあたるように言われたそうですから、そこで偶然ファントムを誰とも知らずに組んだだけでしょ」

「む……そうなのか?」

 表情が緩まるのを見て、あなたはようやく開口できました。

――――ああ。デイヴのことは、よく知らない。……変な人としか。

 嘘ではありません。あなたの返事に、少女はしばらく逡巡したようでしたが、やがて溜息と共に錫杖を下ろしました。やっと威圧から解放され、あなたはふうと溜息を吐きます。

「すまなかった。非礼を詫びよう」

 少女は錫杖を床と垂直になるよう立て、身を折って謝罪しました。変わり身の早さにあなたがついていけずにいると、先に少女は言葉を繋げました。

「私は、ある罪で逃亡している罪人……デイヴ・ファントムを追っている」

――――はあ。

 魔法絡みの犯罪は、僧侶が裁く、でしたっけ。

 何にしても、あの男なら何をしていても不思議ではないようが気がしました。

「この辺りでファントムの目撃情報があったもので、馳せ参じたわけだが……。今は何処にいるか、分かるかな」

――――たぶん、表にいる。

「そうか。では、ここで待ち伏せるか。……ところで、君の名を聞いていいだろうか」

――――ベル。ベル・エヴァンジェリン。

「ベル、か。私はリミュニア・ダアトだ。見ての通り、僧侶をしている。位階は僧正だ」

 凛とした笑顔でもってそう言い、手を差し伸べてきます。握手を求めてられているようです。

――――自分は、アウトローをしている。

 答えながら、手を取ろうとしたのだが、急にリミュニアの手が遠のいた。あなたが動いたわけでは、もちろんありません。彼女が手を引いたのです。

 不思議に思い顔を窺うと、少女は眉尻を下げて困ったような表情を浮かべておりました。

「アウトローなのか、君は……。そうか、そうだな。ファントムと共に仕事をしているのだから、アウトローをしていると考えるべきだった」

 残念そうに項垂れるリミュニアに、あなたは首を傾げるしかありません。

「……私は、アウトローというものをどうにも好かん。弱みにつけ込んで、高い賃金を巻き上げるアウトローは少なくない。ろくなものに思えんな」

 あなたは初めてそのような者がアウトローにもいることを知りました。今までドリアデスにてエメリアの依頼ばかりを行なってきたあなたには分からないことばかりです。

 実際には、組合に所属しているアウトローには厳しい掟があるために賃金も制限されています。しかし、組合に所属しない非正規アウトローの場合、そのような問題を起こす者がいることもまた事実。言ってみれば、盗賊の類も外界を根城にするという意味では『アウトロー』ですからね。

「……む。しかし、君が行なっている依頼は、確か組合に所属している人間は参加できないのだったな……。つまり、まだイリーガルも組んでいないのか」

――――ああ。

 リミュニアの表情が一転して明るいものになります。あなたが未だに状況に置き去りにされている間に、リミュニアは一度は拒絶したあなたの手を取り、言います。そのときちらりと見えたのですが、先程口を挟んできた僧侶が呆れた様子で溜息をついていました。

「ならば、今からでも遅くはない。僧侶にならないか?」

「僧正。そうやって誰でも構わず勧誘するのやめてくださいよ」

「悪の道から救い出すのも、僧侶の大事な役目だ。邪魔するな」

 先ほど書いたように、組合に所属してしまえば『悪の道』ではなくなるのですが……まああなたはそれをこの時点では知りません。

「今はファントムを捜すのが先決じゃないですかねー、仕事忘れてそんなことしてていいんですかー」

 またもやリミュニアがむむっと表情を歪めます。会話からして後ろの僧侶のほうが部下なのでしょうが、精神的にはあちらのほうが上のようです。

 名残惜しそうに手を放したリミュニアが、問います。

「ベルは、どうしてアウトローなんかしてるんだ?」

 あなたは、答えられませんでした。

 クラリスのためだと思いました。けれど、それはクラリスがアウトローをしているからであり、もし彼女が僧侶であれば、あなたは僧侶になっていたことでしょう。ならば、アウトローにこだわる理由はあなたにはないはずです。だから、彼女への返答には困りました。

 あなたの困惑した表情を前にして、リミュニアは少し安堵したような顔になり、最後に一言告げます。

「ベル、僧侶になる道も考えておいてくれ。人々を守る誇りある仕事だぞ。きっと君も気に入ってくれると思う」

 あなたは肯定も否定もできません。

 改めて思うことは、あなたはアウトローのことも、僧侶のことも、この世界のことも、何も知らないということです。

 そうして、何が何だか分からぬままに詰問を受けて混乱しているあなたの元へさらなる混沌が放りこまれてきました。

「はっはっは! これはこれは随分と美しくない光景だね!」

 背後からする変態の奇声に、あなたと僧侶の集団は意識をそちらへ向けました。

 無駄にコートをはためかせながら、どこから持ってきたのか得体の知れぬ花を散らせているデイヴが悠然とした様子で立っておりました。思わずエアーを発動させて天井に頭から突っ込んでもらおうかとも思いましたが、何とか抑えることができました。ここ数日で彼の言動に耐性がついてきた証拠かもしれません。よかったですね。

「い、いたぞ! あんな奇天烈な奴、他にいるわけがない!」

 後ろの僧侶が焦った様子でデイヴを指差し、怒鳴りました。

 そうだそうだ、と僧侶の中から同意の声が上がります。あなたもまたその言葉に妙に納得してしまいました。

 しかし、どういうことでしょうか。デイヴから少し離れた位置に固まっているクラリスたちに視線で助けを求めますが、あちらも同様に答えを欲していたようで、皆首を横に振るばかりでした。

 荒れ始めた場の中、己の職務を全うせんとするリミュニアがあなたを押しのけてデイヴへと近づき、錫杖を構えます。

「劇場船セドナ、女優デイヴ・ファントム! 今度こそは逃がさんぞ!」

 あなたの思考は停止します。クラリスたちの動きも止まっているように見えます。

「その台詞は聞き飽きたよ。もっと美を磨いてから出直してくるがいい!」

「黙れ! いったい貴様、単独行動で何をしているんだ!」

「これだからきみたちは。たしかにボクたちは美しいけれど、それは内から無尽蔵に湧き出るものではないんだよ」

 デイヴはくるりとその場で一回転します。

「美というものは、さまざまな形で世に満ちる。ボクらはそれを集め続けなければならないのさ」

「まるきり意味が分からんぞ!」

 リミュニアがデイヴに向けて駆け出すと、後ろに控えていた僧侶たちも錫杖を鳴らしながらそれに続きます。あなたは邪魔にならないようそっと道を譲りました。いっそのこと僧侶たちに捕縛された後に事情を聴くのも悪くはないかなとさえあなたは思っていました。

 しかし、デイヴという人物はそれを許しません。

 男装の麗人は名状しがたい美しきポーズを取り、一冊の魔法書を取り出しました。

 

「穢れを知らず美はたたずみ、汚れを知らず純白は輝く。いずれまた会おう、諸君!」

 

 美しくそう告げた直後、彼……いいえ、彼女は魔法書の表紙をポンと叩きます。その瞬間、彼女を中心に不透明な白い煙が爆発的に広がっていきました。立ち込める煙幕に押されて、デイヴの持っていた花が舞ってあなたの頬にぶつかります。あなたはそれを無言で払い落としました。

 魔法により生み出された煙幕が晴れた後には、変態が散らかした花びら散っているばかりでした。もうデイヴも、それを追っていたらしい僧侶もいません。外から賑やかな音が響くことから、恐らく町中を走りまわっているのでしょう。

 茫然自失としているあなたの元に、宿屋の店主が歩み寄ってきます。

「これ、片付けとけよ」

 あなたはもう謝るしかありませんでした。

 

 散乱した花びらを箒で掃いていると、手伝いもせず退屈そうに掃除を眺めていたバートレーがふとこんなことを言いました。

「劇場船セドナって言やぁ、劇場を内蔵した大型船に乗って世界を巡って劇を開いてる、変わりもん劇団だ。随分面白いってんで、追っかけのファンが数え切れないくらいにいるって聞くぜ」

「おー、面白そうだね! 見るチャンスがあったら、一緒に行ってみようよ、ベル!」

 あなたは屈んだクラリスが構えるちり取りに花と埃をまとめて掃き入れます。

――――うん。行けたらいいな。

 あなたの返事にクラリスは嬉しそうに笑顔を咲かせました。

「それでよ、そのセドナの唯一にして大人気の女優ってのが、デイヴ・ファントムだったんだよなぁ。まさかあいつがその大女優だとは。……っていうか、女だったんだな」

「うん、ぼくもまったくわかんなかったよ……。さすがは女優、って感じかな」

 あなた一旦掃く手を止めました。

――――どうしてその有名な劇団の女優が僧侶に追われていたんだ?

「そりゃ、ローを守るためだよ。本来、あの規模の大型船は、ローを傷つける恐れがあるとかなんとかで、航行を禁止されてんだよ。なのに連中はそれを使っているから、僧侶に目をつけられてるってわけだ」

「犯罪者なんだ……。そうは見えなかったけどな、ぼく」

――――……そうか?

「あの劇場船にゃあ何か姿をくらませる魔法が使われてるらしくて、見つけるのに手こずってるって話だぜ。さっき野郎……じゃねえか、とにかく、デイヴが使ったのに似た魔法かもしれねえな」

――――よく知っているな。

「うん、ぼくもバートレーのこと見直したよ!」

「そうだろう、そうだろう! オレ様ってばすごいだろ! もうたわけとなんざ言わせねえ」

――――でも、そこまで知っていたのに、どうして気付かなかったんだ?

 バートレーは露骨に顔を逸らしました。実物見たのは初めてだったのかもしれません。

 

 掃除を終えて部屋に戻ると、先に戻っていたサイファーがベッドに腰掛けて一枚の封筒とにらめっこしていました。

――――サイファー?

「……お前か」

 サイファーは立ち上がると持っていた封筒をあなたに突き出してきました。

―――これは?

「あの変態が置いていった手紙のようだな。俺が持っていても仕方ないだろう、お前が処分しておけ」

 それだけ告げるとサイファーは部屋から出て行きました。風呂にでも行ったのでしょうか。詮索するのも野暮だと思い、あなたは黙って見送りました。

――――手紙か。

 一応あのような変態でも、この六日間を共に過ごした仲間です。それなりに感慨深いものがないでもない気持ちになってきていました。

 あなたは封を切り、その中身を読み、

――――………………。

 無言でベッドの横にある背の低い棚の上に置きました。

 内容を要約すると、素性を隠していたことへの謝罪でした。そしてバートレーに聞いた通り、劇場船セドナの女優であることを美しく書き連ねてあったのです。そして最後にこう書いておりました。

『ボクたちは美しき運命の線で結ばれた、いわば運命共同体だ。これで永遠の別れ、などということは決してないとボクは信じている。だから、さようならとは言わないよ。また会おう、美しき心の友たちよ』

 相変わらず暑苦しいくらいの美の押し付けを受けましたが、あなたの心に不快な感情は芽生えてきませんでした。それがどういったことを意味するのか、あなたにはよく分かりません。ただ、悪くはないなと思いながら、あなたは疲れに身を委ねてベッドに体を倒しました。今夜は静かに眠りにつけそうです。

「ねー、ベルー、起きてるー?」

 言いながらクラリスが戸を開けてきました。

「あー、もう寝るとこだった?」

――――いや。大丈夫。どうかしたのか。

「あのさ……ぼくの部屋にね……『美しき君に送る、ボクからのささやかなプレゼント』って書いた紙と一緒に、正体不明の花が……大量に飾られてて……」

 遠い目をするクラリスに対して、あなたがかける言葉は一つしかありませんでした。

――――片付けるの、手伝うよ。

 クラリスはしゅんとしながら「うん」と頷きました。

 今夜も平和に寝ることは叶いそうにありません。

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