top of page

第四章 河の国ヴァレア

 

 初仕事の日から、半月が経ちました。

 あなたが加わったことで、仕事がすっごく楽になった、とクラリスは語ります。もちろん、あなたが一撃で仕留められる、モグラのような相手ばかりではありません。しかし、戦力が倍以上になったのですから、今までに比べれば一つの仕事にかける時間が短縮されたのです。喜ばずにはいられないのでしょう。

 そんな生活を続けていた、ある夕方のこと。

 料亭に入ったところ、エメリアの姿は見当たりません。

<……次の報道です。三代目エトワール国王の即位式にともなうパレードは、ラド砂漠を一晩で横断した後予定通り『砂塵城』にたどり着き……>

 わずかなアウトローが食事をとる中、時々聞こえるかすれた声が報道を読み上げています。

――――(あれは何なのかわからないが、そういえばクラリスに聞き損ねていたな)

 とあなたが思う間に、クラリスはてこてこと駆けだしていました。謎の報道音声のことは、またの機会に聞くこととして、あなたは相棒を追いかけます。

 

「あれ、もう終わっちゃったの?」

 倉庫に入ってきたあなたたちを、女主人エメリアは驚いた顔で迎えます。

「ええ。モシキの枝、ばっちり集めてきましたよ」

 あなたは抱えてきた薪を倉庫の床に置きます。

――――明日のぶんの依頼は?

「そ、そうね。気持ちは嬉しいんだけどねー……」

 主人は困ったように片手を頬に当てて苦笑を浮かべます。

「あなたたちが腕を上げたのはわかったわ。でもね、ペースが早過ぎ。しばらくやってもらうことがないんだな、これが」

 あははと語るエメリアに二人は返す言葉もありません。あなたたちは倉庫を出て部屋に戻ることにしました。

「やっぱり魔法使いがいると楽でいいなー。あ、魔法使い、じゃなくて、ベルがいると、だね。……でも、暇になっちゃったなぁ」

 白髪の相棒は、少しだけ残念そうな顔をしています。

「あ、そうだ。せっかく時間もできたことだし、町に行かない?」

――――いちばん近い町までは、徒歩で半日だったな。

「うん。でも、歩きでなんか行かないよ」

 

     ◆ ◆ ◆

 

 翌朝。

 クラリスとあなたは宿を出ると、森の中をのんびりと歩いていました。

――――クラリス、いったいどうやって町まで行く気なんだ?

「船だよ」

 朗らかにクラリスが言ったのと同時くらいでしょうか。急に視界が開けました。

 まず目に飛び込んできたのは水の青でした。森が唐突に終わりを告げ、あなたたちの進路に巨大な河が現れたのです。水面は綺麗ですが、深すぎるためか水底まで窺うことは叶いません。それに対岸も遥か遠く、霞んで見える程度でした。泳いで渡れる距離でないことは確かです。

「ヴァレア……この国は、国土全体を網目みたいに河が流れてるんだよ。それも、ここくらい太くて深い河がね。だから移動手段は船が一番便利なの」

 クラリスの話では、あちこちに航路ができていて、そこを常に回遊する船があるそうです。そのため、時間を間違えなければ、回遊する船に乗せてもらうことができるそうなのです。

「でも一日で同じところは二回くらいしか通らないから、逃すと大変なんだよね……」

――――なるほど。一日で決まった航路を二周するわけか。

 クラリスはこの日、かなり時間に余裕を持って出発したらしく、回遊船があなたたちの前にやってくるまでには、半時間ほどの時間が必要でした。

 

     ◆ ◆ ◆

 

 やって来た船は中型船でした。無駄な装飾の無い木船です。

 二十人ほどが乗れる中型船の乗客はまばらでした。あなたたちが乗ったのは、操舵手のすぐ後ろ、船の一番前の席です。

――――この船は、どういう仕組みで動いているんだろう。

 操舵手は、船からぞんざいに突きだした一本の棒をじっと握っているばかり。たまに体を左右に動かしているようですが、おおよそ船を動かしている素振りを見せません。船はブルブルと音を立てながら河を下っていきます。

 あなたはじっと操舵手を見ていたのですが、クラリスが話しかけていることに気づき、顔を相棒に戻しました。

「今から行くトクリの町は、この辺りの外霧組合の本部があるから、そこも寄ってみようね。もしかすると、ベルの情報があるかもしれないし」

――――外霧組合……というと、アウトローの組織か。

 クラリスは頷きます。しかし彼女は、ちらりと操舵手の方に目をやり、顎に片手を添えて謎めいた表情を作ります。これは彼女が考え込む時の癖です。あなたはここ数日でそれを理解しました。

「まあ、ぼくの予想では、ベルはヴァレア人じゃない気がするんだよね。船のことがわからないっていうと、西のエトワール人かなぁ……。もちろん、船のことも忘れちゃってるってだけかもしんないけど……そうなると、これも手がかりにはなんないかな」

 そこまで言って、彼女はぶんぶんと首を振り両手で己の頬を叩き、快活な笑みを見せました。

「ううん、悲観しちゃダメだね! トクリの外霧組合なら、この辺りのアウトローを把握してるはずだし、きっと君に繋がる情報が見つかるよ。大丈夫。なんとかなるよ!」

――――そうだな。そう願いたいものだ。

 何の根拠も無い言葉ですが、クラリスの『大丈夫』を聞くと、何となく安心してしまうあなたなのでした。

 

     ◆ ◆ ◆

 

 あなたたちは町の南に位置する港にて下船しました。

 トクリの町は、『絹の町』という異名がある程、ヴァレアの中でも随一の産絹地です。南北に通じる航路の上に位置し、北の王都と南の学都の中間部という恵まれた土地のため、ヴァレアの交通の中心地でもあります。そのため、町の規模に似合わず、道行く人は多く、賑わった様子でした。

 その賑わいの中、あなたはとある集団が目につきました。

――――クラリス、あれは?

 あなたの視線を追ったクラリスは「あれって?」と指でさして問い返します。あなたは失礼だろうと思いゆっくり手を下げさせながら首肯しました。

 あなたが注目した集団は、確かに人々の注目を集め得る存在感を持っていました。

 その者たちは統一して黒い袈裟を纏い、身の丈を超える大きな錫杖を地面と垂直になるよう携えておりました。町の一角に生まれた暗い森。そのような印象をあなたは受けました。目につかぬほうがおかしいほどの光景です。

「ああ、あれは僧侶だよ」

――――僧侶?

「そ。ぼくはあんまり詳しくはないんだけどね。魔法のシクミを作ったのはカミサマだ、ってことで魔法の研究をしてる宗教みたいだよ。魔法書の書写をやってるのも僧侶たち」

――――そういえば、魔法文字をそのまま書き写すと魔法書になるのだったな。

「うん。昔はあくまでオマケみたいなものだったみたいだけど、今では宗教心が薄れちゃっててね。すっかり魔法書がメインになっちゃって、僧侶と言ったら魔法書の管理者、みたいな扱いになっちゃってるのが現状みたい」

 なるほどとあなたが頷いていると、一人の僧侶がこちらに気づいたらしく、錫杖をじゃらじゃら言わせながら近づいてきます。何事かと思えば、僧侶はぺこりと頭を下げてきました。

――――ええと?

「先日はありがとうございます、リートヴィッヒさん。魔法書泥棒の発見、並びにご報告感謝しています」

 穏やかな口調で話す僧侶。状況についていけないあなたですが、クラリスは話が通じているようです。

「いえいえ、当然のことをしたまでですよ。それより僧侶さんも大変じゃないですか?」

「そんなことはありません。われわれの書いた本で邪なふるまいが為されるのは、われわれの罪も同じ。単なる剣や矢と違い、われらの筆は神の言葉を伝える筆なのです」

 おそらく定型句なのでしょう、すらすらと言ってのけて僧侶は頭を下げて去っていきました。

――――ええと、つまり?

 結局話に置いて行かれたあなたは、クラリスに今のことを聞きます。

「僧侶のひとたちにとっては、書いた本で犯罪が起きると宗教的にマズいの。だから何かあったら自分たちで成敗して、その本を回収しなきゃならない」

――――治安維持までしなきゃならないのか。魔法絡みなら出てこなきゃならないわけだな。

 あなたはそうまとめ、ふと気づきました。

――――回収しなきゃならない? ……この『エアー』は返さなきゃいけないものだったのか?

「う」

 クラリスはにっこり笑いました。

「……バレてないし、いいんじゃないかな!」

 二人の間に汚点が生まれた瞬間でした。

 

     ◆ ◆ ◆

 

 組合に向かう道すがら、クラリスが足を止めました。

―――どうした、クラリス。

「あ、ごめん。ねえ、レコード屋寄ってっていい?」

 クラリスに連れられて入った店で、あなたは首を傾げることしかできませんでした。

 棚に並べられている円盤が、何だかわからなかったのです。クラリスは慣れた様子ですたすたと店の奥に歩いて行きます。

――――クラリス。この円盤は、何なんだ? 君の部屋にもあったけど……。

 置いて行かれてはたまりません、あなたはクラリスを追いました。

「へ? レコード、わからない?」

――――ああ。

 クラリスが『レコード』と呼ぶ円盤は、あなたが人差し指と親指で輪を作ったほどの大きさ。薄い金属でできているようですが、用途はさっぱりわかりません。

 クラリスはしばらく考えていましたが、

「これは……えっと、なんて説明すればいいのかな。音を保存する……というか、記録して、もう一度聞くことができるっていうか……。説明が難しいなぁ」

 と、随分歯切れの悪い説明をしてくれました。

――――要するに、録音ができるわけか。

「え? 録音で通じるの?」

 言われて、あなたはハッとしました。自分は、録音という概念は理解している。それなのに、レコードという目の前のものは、全く知らないのです。

――――自分の記憶は、どうなっているんだろう。

「まあ、記憶喪失なんてふしぎなものだよ」

 クラリス曰く、レコードには物語や論文を録音したものや、音楽を録音したもの、各地のニュースを録音したものなど幅広い分野のものがあるそうです。宿屋で聞いたニュースも、録音されたものが数日に一度届くのだとか。

――――ああ。料亭で聞こえた報道音声もそれだったのか。

 すっかり合点がいったあなたは、クラリスと一緒に考古学の論文コーナーを眺めることになりました。

――――しかし、論文だったら文章で発表すればいいのに。どうしてレコードに録音する必要があるんだ?

「何言ってんの? レコードだったら複製がらくじゃない。文章を人が書写するのは大変なんだからね。だから魔本は高いでしょ……って、ああ、知らないんだよね」

 あなたは釈然としない気持ちになりました。違和感があるのです。

 本って、手書きで写すものだったでしょうか。

 本を大量に複製することができたような気がするのですが、ぼんやりとした感覚以外に確証はありません。考えても思い出せそうにないので、あなたはこの考えを中断する他ありませんでした。

「おーいベルー、そろそろ行こうよー」

少し離れたところで、白髪の相棒が呼んでいたからです。

――――欲しいものは見つかったのか?

「うん、ばっちり。『月刊考古学』の神無月号」

 たぶんその中身は、あなたが聴いてもちんぷんかんぷんなんじゃないでしょうか。専門性が高そうなそのレコードを買い、クラリスは意気揚々とレコード屋を出ていきました。

――――そうだ、ああいう雑誌だって、本だったはずだ。どうして、レコードなんだろう。

 その答えは、しばらく出ることはなさそうです。

 

     ◆ ◆ ◆

 

「ベル、ここだよ」

 しばらく歩いて後、クラリスが立ち止まりました。民家よりも多少大きな建物で、解放された入り口は広く、自由に出入りが出来るようになっています。その入り口の上には横に長い看板が掲げられており、そこには『トクリ外霧組合本部』と記されていますね。

 中に入ると、広いエントランスに迎えられます。その一角に、アウトローと思しき人々が立て看板を囲んで集まっています。いや、よく見れば、アウトローには見えない子供や老人も混じっているようでした。

――――いったい、どういう集団なんだ?

 あなたが首をひねっていると、クラリスが袖を引きました。

「あれは依頼掲示板だよ。誰でもアウトローへの依頼を書き込めるの。報酬や仕事の内容を書き込んでおけば、掲示を見たアウトローが仕事を引き受けてくれる、ってわけ。でも組合員でしか利用できないから、今のぼくたちには使えないけどね」

――――なるほど、組合が仲介人となってアウトローは仕事が得られるのか。

「そゆこと。さ、今用があるのはこっちだよ」

 クラリスが向かったのは、総合受付と書かれた詰所です。こちら側と受付を隔てるカウンターの先にはいくつもの丸椅子が並んでおり、役員が席についていました。受付に詰めていた役員は、声をかける前にこちらに気づき、立ち上がります。

「お、クラリスちゃんじゃないか」

 役員らしいその男は丸々と肥えた灰髪の男性で、細い目や口角の上がった柔和な表情から、見るからに優しそうな印象を受けます。

「こんにちは、おじさん。今、時間あるかな?」

「ああ、見ての通り閑古鳥だよ。何か用かい?」

 クラリスはあなたを、銀髪の男の目の前に引き出しました。

「あのね、この人のこと知らない? たぶん、アウトローだと思うんだけど」

「ん? どういうことだい?」

 

 クラリスは、あなたが記憶を失っているという事情を話しました。

「うーん」

 聞き終えた役員は、元々細い目をさらに細めてあなたを見つめます。

「残念だけど、見覚えが無いなあ。こんなに真っ黒な髪の人を見たら、絶対に忘れられないと思うけど」

「そっかぁ。おじさん、いつも受付にいるから、わかるかと思ったんだけど……」

「ん、もしかしたら兄貴ならわかるかもしれないよ」

 男性がこちらの後方へ向けて声をかけたので、あなたたちはつられて振り返りました。そこには受付の男と瓜二つの、灰髪小太りの男性が立っていました。

――――双子?

「ああ。話は聞かせてもらったよ。でも、残念だね、俺もその人のことは見覚えが無いなあ。行方不明の組合員もいるにはいるけど、君みたいに若い人はいなかったよ」

 小太り・兄はそう言うと、あなたの隣に座りました。

「ああ、それにしても、記憶喪失とは穏やかじゃあないね。幸い、ここは組合員以外にも、多くの人が訪れる。俺たちも、出来る限り情報を集めてみるよ」

「えっ、いいんですかっ?」

「うん、当然だろ?」

「ああ、当然だね」

 小太り兄弟は頷き合うと、ぴったりのタイミングで親指を立てました。

「「かわいこちゃんの頼みだからね!」」

 ……白髪の少女は、ひきつった笑顔でぷるぷると震えていました。その胸中はいかがなものでしょうか。

「あ、そうだそうだ」小太り・兄はクラリスの様子にも気付かず、一枚のポスターを広げて見せました。「その代わりにってわけじゃないけど、これ、今日の午後からなんだけど、参加してもらえないかな」

 見れば、公共事業のアウトロー募集のようです。

「十日かけて、廃航路の石板回収……ですか?」

「うん、一応霧の外だから、アウトローでやるしかないんだよ。一般募集だから、組合員じゃなくても大丈夫」

「あー、でも面倒なわりに報酬安いなぁ……。依頼人は……げ、トクリの領主かぁ。通りで安いと思った」

「「どう?」」

 二人で声を合わせるのは芸風なのでしょうか。あなたたちはひそひそと相談に入ります。

(どうしよっか。どうせ暇だから、それくらい行ってもいいんだけど、ベルはどう思う?)

――――(構わない、行こう。断りにくいし)

(あはは~、まあ、色々な意味でねえ)

 クラリスは小さく頷きました。「じゃあせっかくだし、行かせてもらうよ」

「お、本当かい? そりゃ嬉しいね」

「うん、じゃあこの参加票書いてね」

 名前と年齢、性別程度の簡単な情報を書かせられるものでしたが、ここであなたはふと筆を止めました。自分の年齢がわかりません。

――――こういう場合、どうすればいいのかな。

「あー、じゃあ適当でいいよ。きみ、たぶん十六くらいでしょ。ある程度、見た目でいいんだから」

 と、そこでクラリスはもう一つ気づきます。

「家名の欄あるのか」

――――う。空欄じゃ駄目なのか。

「もちろん。仮名でもいっからつけちゃおう」

 にこにこ笑いだすクラリス。この先の展開はだんだん読めるようになってきたあなたでした。

「エヴァンジェリンはどうかな!」

――――由来は?

「六代襲名し続けた魔王、アザルフォード・エヴァンジェリン!」

 やっぱりそんなことだろうと思っていたのですが、とくに対案があるわけでもなし、家名扱いなら大して使われることはないでしょう。自分の名づけのときにはさんざんクラリスの案を却下してしまったし、ここは無理に抗うこともないかなとあなたは思い直しました。

――――それじゃあ、それでいこうか。

 したり顔のクラリスの横、あなたは『ベル・エヴァンジェリン』と書かれた参加票を書き終えると、小太り兄弟のどちらか(もう兄だか弟だかわかりません)に手渡しました。

「ん、しっかり受け取ったよ。じゃあトクリ西の集合場所に行ってねー」

「あ、三日経ったらここに戻って来てね。報酬渡すから」

「「それでは、健闘を祈るよ!」」

 声を合わせるのは双子の義務なのでしょうか。

 あなたはそんなことをぼんやりと考えておりました。

 

     ◆ ◆ ◆

 

 トクリを出て、西に数十分。森を抜け、一本の河を挟んだ先には、一面に大草原が広がっていました。遥か遠くに山脈が見えますね。草原と森との境界線となっているこの大河が、あなたたちの仕事場なのでした。

 あなたたちが河辺に着いた頃には、既に多くのアウトローたちが集まっておりました。二百人ほど、といったところでしょうか。あなたたちも、その集団に混ざり、指示を待つことにしました。

――――若い人が多いな。

「そうだね。まあ、公共事業を引き受けるのなんて、ぼくたちみたいな非所属の新人アウトローばっかりだから、ベテランはあんまり来ないんだよ。稼ぎもよくないしね」

――――それなら、一緒にイリーガルを組めるような人がいるかもしれないな。

「……え? ああ、そっか!」クラリスはポンと手を打ちます。「いい考えだね、ベル! あと一人仲間がいれば組合に加入できるようになるし!」と言ったところで、クラリスは口を閉じました。「あ、指揮官来たみたい。静かにしよっか」

 今まで思いつかなかったのでしょうか。

 皆が注目する先に立ったのは、アウトローらしくない正装の男です。

 彼はひとしきりアウトローを鎮めると、仕事の内容を手短に説明しました。曰く、範囲が非常に広いので、五人単位の班を作り、それぞれ地区を割り振って作業をするそうです。作業班は各自自由に作れとのことでした。あなたは何となく嫌になりましたが、クラリスはまるで気にしていない様子でした。

 あなたとクラリスは早速残りのメンバー集めを開始しました。

「やっぱ強そうな人がいいよね。ガンジア将軍みたいな」

――――誰だそれは。

「アザルフォード六世の生涯のライバル」

――――アザルフォードはもういい。

「ベルは何か希望ある?」

――――いや、特にない。クラリスに任せるよ。

「え? ぼくに全部任せてくれるの? ほんとに? じゃあ早速探してくるよ!」

 何故でしょう。クラリスの瞳に怪しげな輝きを感じました。

――――いや、やっぱりついていくよ。

 笑顔のクラリスに見えぬよう、あなたは小さく溜息を吐きました。

 

 集まったアウトローには様々な人がおりました。クラリスの言う強そうな人も中にはおりましたが、既に班を作っているか、あなたたちを相手にもしないかのどちらかでした。若い、というより幼いアウトロー二人では、誰も好き好んでメンバーに入れようとは思わないようです。これは思ったより苦戦することになりそうですね。

「にゃあぁぁぁぁぁぁ!」

 ついにクラリスが壊れました。

 度重なる失敗もありますが、クラリスの自我が崩壊した問題は、その断られ方にありました。無理もありません。

「なんなの、あの人たちは! 女だからなんだってのよ! 子供だからって何が問題なのかな! 問題かな、ぼくが間違ってるのかな!」

――――落ち着け。

 子供だからと嘲笑されることもあれば、ガキの遊びじゃないんだぞと恫喝されることも少なくなかったのです。彼女の怒りもわかります。ここで問題を起こしてはならないと思ったあなたは必死にクラリスを止めてきましたが、ついに抑制が効かなくなってしまいました。

「……こうなったら、実力行使で分からせるしかないのかな」

 うなだれるクラリスから良くない気配を感じました。見ると両手が双剣の柄に添えられています。これはいけません。

 あなたは何とかクラリスを宥めるために声を掛けようとしましたが、そこへ割って入る声がありました。

「どうしたんだい、君の相棒は」

 声の出元を辿ってゆっくりと振り返ると、そこには一人の美形の男が立っていました。その人物の背後には、バラが咲き乱れたように見えました。中性的なイメージ漂う男性です。白を基調としたコートを纏う彼が、目元まで伸びる前髪を人差し指で払うと、甘い香りが鼻腔をくすぐりました。

 あなたは突然の男性の登場に驚き、唖然としてしまいました。

「おや、どうしたのかな。もしかして、君もボクの美しさに魅了されて言葉も出ないのかな? うんうん、分かるよ。ボクもしばしば鏡に映る自分の姿にときめいてしまって、困り果てているんだよ、うふふふふ」

 また甘い香りがふわりと宙を舞います。

 あなたは何とも言えない感情に襲われていました。これが大したことのない人であれば迷いなき憤りを感じるところですが、いかんせん彼は自身が言う通り美しいのです。ただし、発言には納得がいきません。

とにかく何か言い返さなければ肯定したと解釈されてしまいます。

――――あなたは?

「ボクはデイヴ。君達と同じく、石版回収の依頼を受けた者だよ。そして、君達と同じく、美しき仲間を探しているのさ」

――――美しさは求めていない。

 たった三言ほどしか言葉を交わしていないはずなのにあなたはどっと疲れていました。

「ベル」

 呼ぶ声が隣から聞こえました。クラリスが戻ってきたのです。

「この人は?」

「この人とは、ボクのことかい? ボクの名はデイヴ、美しき魔術師さ! ……そして」

 デイヴと名乗る男は、一瞬でクラリスの目の前に移動すると、彼女の片手を取り、そっと両手で包みこみました。

「君と運命を共にする者だよ」

「……へ?」

 クラリスは状況が飲み込めていません。そりゃそうです。恐らくこの状況を理解できるのは世界中でこのデイヴという男だけなのでしょう。巻き込まれたクラリスに同情すると同時に、自分との対応の違いに少々の苛立ちも覚えていました。

「ベル、説明お願いしていいかな」

 意外と冷静なクラリスの様子には感心さえ覚えました。

――――この人もメンバーを探しているらしい。

「おー、それはとってもグッドニュースだよ!」

「ボクの申し出を受け入れてくれるのかい?」

「うん、もちろんだよ! ぼくたちもなかなか班が作れなくて困ってたところなんだー。ね、ベル?」

 あなたは頷きます。

「じゃあ改めまして……。ぼくはクラリス・リートヴィッヒ。で、こっちはぼくの相棒のベル・エヴァンジェリン」

――――よろしく。

「ああ、よろしくたのむよ」

 柔らかく微笑むデイヴ。何もしなければ普通に好青年のようです。

「デイヴは、どうしてぼくたちと組もうと思ったの?」

「うふふふふ、無論、君を美しいと思ったからさ。ボクほどじゃないにせよ、ね」

「美しい……?」

「健気に声をかけ続ける姿に、ボクとしたことが胸を打たれてしまってね」

「おお、ベル! ぼくの努力は無駄じゃなかったよ!」

 潤いに満ちた瞳でクラリスはそう言いました。よっぽど嬉しかったのでしょう、あなたの手を握り、上下にぶんぶんと振ります。

 デイヴの性格にはまだ慣れませんが、とにかくこれで残すは二人となりました。

 確認せずにはいられず、同意を得る前にクラリスは駆け出していました。あなたとデイヴは一度お互いの目を見た後、黙って頷き、先行するクラリスを追いました。何があったのかと問おうとしたそのとき、人だかりの奥から怒声が響きました。

「んだとテメエ! もっかい言ってみやがれ!」

 自分に投げかけられたものではないと分かってはいるものの、思わず身を竦めてしまいました。クラリスはその声に好奇心を刺激されたのか人混みを掻き分けてさらに奥へと突き進んでいってしまいます。デイヴは爽やかな笑顔を絶やすことなく耳を両手で塞いでいました。クラリスを一人にするわけにもいかず、あなたも彼女のあとを追います。

「苦労してるようだね、君も」

 笑ってごまかすしかありません。

 

 人混みが途切れた先には少し開いた空間があり、その中心では二人の若い男が対峙しておりました。人垣はこの二人を囲むように作られていたようです。

 どちらが声を荒げていたかは一目瞭然でした。その男は赤毛をバンダナで上げており、吊りあがった眉と苛立たしげに覗かせる犬歯からは野性的なイメージを抱かされます。赤毛の男は腰に手を当てて眼前に立つ男を下から睨みつけています。

 一方、相手の、灰色の髪をした男はと言うと、こちらもまた凶悪そうな印象を受けました。見上げるほどの長身に、背にはあなたの背丈ほどもある大剣を背負っています。四角い眼鏡の奥は、人でも殺してきたかのような恐ろしい形相をしておりました。赤毛の男が荒々しい脅威であれば、灰髪の男は冷徹な脅威を感じます。

 両者の間には見るからに険悪そうな空気が漂っていました。

「俺は貴様のような低能と組むつもりはない。分かったらとっとと失せろ」

「ああ、テメエみたいなムカツク野郎、こっちからお断りだぜ! ただな、オレをバカにしやがったことを謝れってんだ!」

「黙れ、たわけが。俺は事実を言っただけだ。何故貴様に頭を下げる必要がある?」

「あんだろうがよ!」

 聞く限り、赤毛の男が灰髪の男を勧誘したけれども、相当酷い理由で断られ、憤怒しているようです。そこへ野次馬が出来た、そういうことみたいですね。

 あなたはどうしたものかとクラリスに視線を送ります。

「まったく、大人気ない人だな~」

 先ほどまで、赤毛の男と同じ理由で剣を抜こうとしていた人の発言とはとても思えません。彼女は何をするでもなく、ただ手を組んで見守っているだけでした。

 次にデイヴの方へ視線を送ると、彼は二人の言い争いを見てうっとりとしています。

 あなたが本格的にこの男とは距離を置いたほうがよいと考え始めたとき、美しい白銀コートが上半身を前に投げ出すようにして身を折って震え始めました。軽くですが呻き声も聞こえます。あなたは反射的に青年から離れました。

 そして、美しきデイヴが吼えたのです。

「美しいね!」

 

 世界が静まり返りました。

 

 一瞬後に生まれるのは人々のざわめきです。さっきまでこの一帯を覆っていた空気はどこに行ってしまったのでしょうか。人々が感じているのは、戸惑い。ある意味先ほどよりもより濃厚な恐怖でしょうか。その中心にいるのは赤毛の男でも灰髪の男でもなく…… あなたの隣にいる変態です。

「君達、美しいよ!」

――――クラリス、メンバーは残り三人必要だ。

 これ以上変態といるのにあなたの精神はもちませんでした。しかし、クラリスは苦笑を浮かべながらもまだデイヴの空気に毒されていないようです。強い少女ですね。

「荒々しく猛る野獣と心の底まで凍りついてしまいそうな冷氷との激しいぶつかり合い!美しい! 実に美しいよ、君達は!」

 あなたは冷める意識の中で一つのことを思い出しました。それはデイヴが声をかけてきたときのことです。確か、クラリスが発狂して奇声をあげた直後に、彼はあなたたちに声をかけてきましたね。つまり、そういうことですね。

――――このひとはおかしい。

「どうしたんだい、二人とも! 続けたまえ、続けたまえよ! もっと僕に君達の美しさを見せつけてくれたまえよ! さあ、さあ、さあ!」

 デイヴは喧嘩の舞台に上がり込み、表情を失った二人の男の元へ歩み寄ります。

「ちょ、ちょっと、デイヴ! 落ち着こうよ! ねっ?」

 見かねたクラリスがデイヴの行く手を阻むべく立ちふさがりました。しかし、もはや変態には何も見えておりません。クラリスは何とか押し返そうとしますが、デイヴは意にも介さず前進を続けます。我関せずの意を貫こうとしていたあなたも、クラリスに続いてデイヴを止めにかかります。

しかし、それでもデイヴは止まりません。

「な、なんなんだよこいつぁ!」

「し、知らん! 俺に聞くな!」

 ようやく正気を取り戻した二人の男が青ざめた顔で横に並んで後ずさります。

 もうどうこの場を収めればよいのかわかりません。

 そこへまたもや怒声が投げ込まれます。

「お前ら、そこで何をしている!」

 人波が割れて現れたのは、先ほど今回の仕事の説明をした正装の男でした。

「なんだ、この騒ぎは! お前らの仕業か?」

 男が睨む先にいるのは五人の男女でした。言うまでもなくあなたたちのことです。

「俺は無関係だ」

「アァ? テメエ逃げんのかよ!」

「ボクは関係あるよ! 美しく!」

「うーん、ぼくって関係あるのかな……」

――――ない、と願いたい。

 元はと言えば先の二人が喧嘩をしていたことが騒動の原因なのですから、もう少し早いタイミングで踏み込んでくれれば無関係と言い張れたのですが、暴走した変態のせいでそれは不可能となりました。まったくもって厄介な変態です。

「班ができているなら、騒ぎを起こさずとっとと仕事に向かえ。担当区域はどこだ?」

 一瞬、言われている意味が理解できませんでした。

 いち早く気付いたのは灰髪の男でした。

「待て、俺はこいつらとなど組んでいない。こんな連中と一緒にするな」

「おいおい、オレだって一緒にされちゃ困るぜ!」

 二人は抵抗を試みますが、そこへデイヴが介入します。

「いいのかい、ボクたちと組んでおかなくて」

 デイヴが余裕と自信に満ち溢れた微笑を携えて問いかけております。どうして事態を悪化させた張本人がこれほど平然とした顔をできるのでしょうか。

「ど、どういう意味だよ?」

「うふふふふ。ここで美しきボクたちと班を組んでおかないと、もう君達も、ボク達も班は作れない、ということだよ」

「へ……?」

 あなたとクラリスの表情が引きつりました。

「当たり前だろ。これだけの騒ぎを起こしたボクたちを、許容してくれる人間がいるとでも思っているのかい? 無理だね! 信じられないのであれば、直接皆に問いかけてみるといいさ!」

 デイヴ以外の四人が辺りに溜まっている野次馬を見渡します。

「…………………」

 誰一人として目を合わせてくれる人はいませんでした。

 あなた以外の三人も同じ思いをしたらしく、一気に表情が沈み込みます。この事態を最も重く受け止めたのはあなたでも喧嘩をしていた男二人でもありませんでした。

「お願い! ぼくたちと組んで! これじゃ仕事できないよ!」

 クラリスは赤毛の男と灰髪の男の腕を掴み、涙目で訴えかけました。

 見ているこちらが不憫に思えてくるくらいの光景に、あの凶暴そうな男二人が目を丸くしてどうしたものかと困惑しているようでした。確かにここで組まなければ、今後他の誰かと組む機会は訪れないことでしょうし、それに何より、涙ながらに頼まれては逃れるのは容易ではないでしょう。

 しばらくクラリスの唸り声だけが響きましたが、それも長くは続きませんでした。

 赤毛の男と灰髪の男は、お互いに目を見合わせ、ほぼ同時に軽い溜息を吐きます。

「わーったよ……。よろしく頼むぜ」

 赤毛を無造作に掻きながら言いました。クラリスの顔に春が訪れ、続いて灰髪の男へと熱い視線を送ります。

「ふん……勝手にしろ」

 顔を逸らしはしたものの、彼もまた同意してくれました。

 こうして、ようやくあなたたちは仕事に出る準備の一つを終えたのです。

 不安も不満もないではありませんが、

「とにかくやったね、ベル。がんばろー!」

 前向きになっている相棒を見ると、どうでもよくなってしまうのでした。

 

bottom of page