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第十六章 王の名の下打ち払え

 

 

 昇任試験の内容が告げられたのは王の御前でした。

 まずはバプティスでの功績を讃えられ、その後、これから行なわれる昇任試験についての説明を受けました。それは昨日いけすかない武士、ルーブルに言うように、試合形式でした。三人の武士を相手に、一人ずつ戦うというものです。必ずしも勝敗で全てが決まるわけではありません。あくまで実力を見るための試合です。

「とは言え、どれほど無様でも二勝すれば昇任は確定的ですわよ」

 試合を控えたあなたたちの元にシャーリィが声をかけてきました。

 あなたたちは今王都にある闘技場の控え室にいます。御前試合と言うからにはもっと人気のないところでやるものだと思っていましたが、どうやらこの御前試合は大々的に行なわれるようです。祭の一環のように数えられているのではないでしょうか。

 闘技場には、もちろん観客も入っております。

 久しぶりのアウトロー昇任試験に、集客率もそれなりに高いようです。想像以上にバプティスでの活躍が注目されているというのもあるのでしょうが、とにかく賑わっております。それは控え室にいても感じられました。

「エメさんとバートレーは観客席にでもいるのかな」

「さあな。あの女は、観光でもしていそうだが」

 控え室にいるのはイリーガルの面々の他にはシャーリィだけでした。武士なのですから出入りは自由なようです。

「私は立場の都合上武士団を応援させていただきますけど、精々頑張ってくださいまし」

 シャーリィは昨晩宿屋に姿を見せましたが、バートレーのように何か相手についての情報を漏らすようなことはしませんでした。そこは公私混同するつもりはないようです。

「言われなくても勝つよ。あんなむかつく奴に、負けるもんか」

「敵はあのルーブルとかいう武士だけじゃない。他にも二人、まだ戦力の知れていない相手が二人もいるんだ。気を抜くなよ」

 サイファーの言葉に、あなたたちは気を引き締めます。

「さて、そろそろ出番ですわよ。一番手は誰が出ますの?」

 シャーリィの問いかけに答えたのは、あなたでした。

 先陣は、あなたが務めることとなっています。

 

 会場へ出ると、割れんばかりの歓声に出迎えられました。舞台は特徴のないものでした。と言うより、舞台と呼べる代物はそこにありません。舞台をぐるりと囲む階段状になっている観客席と、舞台と観客席を隔てる高い壁。それ以外には何もありません。地の利を活かした戦いなどは望めそうにありませんね。元々そんな戦いの出来るあなたではありませんでしたので、関係ありませんが。

 舞台の中央にはすでに一人の武士が待ち構えておりました。その隣には審判らしき男もいます。

 いつものロングコート姿をしており、その手にはサイファーの持つものと同じくらい大きな大剣が握られております。あれが彼の武器なのでしょう、確実に。

「僕の相手は君か」

――――ああ。

 武士は一つ息を吐き冷笑を浮かべます。まだ戦いも始まっていないというのに、既に決着がついたかのような態度です。あなたむっと顔をしかめますが、そんなこと気にもせず、武士はさらに言いました。

「逃げるなら今の内だぞ。恥をかく前に、な」

 あなたは今度こそ頭にきました。

――――早く始めよう。時間の無駄だ。

 ホルダーから一冊の魔法書、『ラトニグ』を取り出して言い放ちます。クラリスのためにも、この勝負に負けるわけにはいきません。例えここで負けようとも、シャーリィの言うことが本当ならば、残りの二人が勝てば問題はないのですが、やはり負けないに越したことはないのです。それに、

「忠告は無視、か。……はあ、仕方ない。この僕、ドラフが君に敗北を与えよう」

 単純にむかつきます。

 審判の合図が上がると、すぐにあなたは動き出しました。

――――『ラトニグ』!

 魔法書を一気にめくり、唱えました。

 ドラフの戦術がいかなるものか、到底思い至りません。バートレーが持っていた情報はルーブルのものだけで、他の情報はまるで得られなかったのです。だから、ルーブルにあたればそれなりに役に立ったのでしょうが、はっきり言って今のあなたにはまるで無意味な情報となってしまいました。

 雷撃の線は四本。一番扱いやすい数です。とは言え、直撃させるのが目的ではありません。牽制のつもりで放った面が強い攻撃です。そうでなければ一気に十本の線を現出させればいいだけの話です。しかし、迂闊なことは出来ません。

 さあ、ドラフはどういう行動を取るでしょうか。魔法での相殺、大剣での防御、それとも回避を選ぶでしょうか。あなた蒼白い閃光の中で目を凝らします。

「はっ、この程度か……」

 ドラフは大剣を両手で握り、切っ先を地面に着けました。

 防御か魔法。二択に絞られました。

 そして、次の瞬間に生じたのは、『ラトニグ』がターゲットに激突し、破裂する様でした。ぶつかったのです。一発目は大剣を。二発目以降は閃光のせいで見えませんでしたが、大剣に直撃したのは確かです。

 しかし、効果が見られないのです。

 雷撃は大剣の刃に帯電しているばかりで、刃にさえも傷一つ見えません。

 よく見れば、刃に何やら文字が刻まれております。

「僕の魔封剣は魔法を吸収する。君がいかなる魔法を使おうとも、無駄だ」

 静かにそう言うと、大剣を上段に構え、言葉を続けます。

「そして、吸収した魔法は……放出出来る」

 ドラフが剣を振り下ろした、そのとき、あなたの放ったものと同じ四つの閃光があなた目がけて襲いかかってきたのです!

――――『ラトニグ』!

 再度あなたは『ラトニグ』を唱えました。数は跳ねかえってきた雷撃の数と同じ。軌道を読んで正確に穿つ中、視界の中央から堂々と突っ込んでくるドラフの姿が目に映りました。あなたは考えます。どうするべきか。普段通りならここで頭上から『トール』を撃って攻撃するか、『ラトニグ』で応戦するところですが、今は迂闊に魔法を使うことはできません。防がれるだけでなく、カウンターを喰らうのですから、たまってものではありません。それに、先程の雷撃は牽制の意を込めて放ったので、全て大剣に直撃したわけがないのですが、放出された雷撃は、あなたが放った数と同数。どうやら吸収とは言葉の通り、吸い寄せる効果まであるようです。

 つまり、背後から狙おうが、無駄なわけです。

そんな中、あなたが取った行動は、

――――『アチェル』。

 自身への加速でした。

 横へ吹っ飛び、距離を開けます。魔法が通じないとは言え、接近戦では分がありません。とにかく逃げることを選びました。

 距離は最初と同じくらい開きました。相手は大剣を腰の高さで握り、切っ先を地面に掠めるようにして構えています。サイファーは当然のように片手で振り回したりしますが、やはりあれは普通の使い方ではないようです。それとも、ドラフが大剣を扱い慣れていないのでしょうか。

 とにかく、これは好機になるかもしれません。

 あなたは相手が距離を詰めるのを待ちました。しかし、相手もなかなか踏み込んできません。そこまで迂闊ではないようです。恐らく、こちらが何らかの魔法で攻撃してくるのを待ち構えているのでしょう。

 ならば、望み通りにしましょう。あなたは三度、『ラトニグ』を放ちます。

 ドラフは口元を歪ませて憎たらしい笑みを浮かべ、大剣の切っ先を上げました。先程のように二つの閃光は大剣に飲み込まれてしまい、放出されます。あなたは、その雷撃が己に届く寸前に、もう一つの魔法『トール』を発動させました。『トール』は指定した範囲に電撃をまとった円盤を出現させ、振り落とすといった直接的な攻撃です。それを用いて、あなたは雷撃を撃ち落とすために放ちました。

 見事にカウンターを消し去りました。あまりの威力に粉塵が視界を覆います。

 直後、あなたの眼前で粉塵が裂かれました。

「馬鹿め……!」

 ドラフが大剣を引きずるようにして肩から突っ込んできていました。彼も加速を用いているのか、距離を詰める速度には異常なものを感じました。

 しかし、接敵することは予想通りです。ドラフが接近してくるのは、魔法を撥ね返した時に限定されるのではないかと思ったあなたの予想は正解です。

 あなたは地面を蹴り、向かってくるドラフの正面へと飛び込みました。大剣を振る間も与えず、懐まで潜り込むと、無防備になっている腹に突き出すような蹴りを放ちます。

――――ッ!

 しかし、衝撃が走ったのは、あなたのほうでした。

 足裏に鈍痛が走ったかと思いきや、ほぼ同時に膝へ鋭い痛みが駆け抜けます。

 硬い。

 どういうことかと考える前に、あなたは軸足で地を蹴りあげ、距離を開けようとしますが、その身に大剣が薙ぐように振られます。

 その斬撃は横腹に直撃して、あなたはいとも容易く吹き飛ばされます。

「ベル!」

 クラリスの悲痛な叫びが聞こえました。

 受身を取ることも出来ずに地面に投げ出されたあなたでしたが、ダメージはありません。あなたの『シールド』はこれだけのことでは砕けないのです。以前にバプティスで受けた巨人の一撃に比べればどうということはありません。

 あなたは地面を滑りながらも手をついて衝撃を殺し、すぐに立ち上がります。反撃は失敗に終わりました。

「はっ、僕にその程度の打撃は通用しないぞ、アウトロー」

 確かに、まるで効いていませんね。

「おい、ベル! そいつは全身を硬化する『コーディ』の魔法をかけてやがるぞ!」

 観客席の最前列にいたバートレーがよく響く大声で教えてくれました。今ほど彼の大声に感謝したことはありません。どうやら、肉弾戦は通じないようです。加速を用いれば自分でもどうなるものかと思いましたが、やはり不可能なようです。

 もう万策尽きたと思われたのか、ドラフは笑いをこらえたような顔をしながら接近してきます。魔法も物理攻撃も通じない。あなたには、逃げることしかできません。

 加速の加護ではこちらに分があります。

 シャーリィから初めて『アチェル』の魔法書を受け取った時のことを思い返しながら、そう思っていました。あの時のことを思い返す度に、サイファーとシャーリィに対して申し訳ない気持ちになります。

――――あ。

 あなたは思い至りました。策が出来たことを悟られないよう、加速にかける魔法を徐々に減退させていきます。自然と距離は詰められて行きます。相手からしてみれば、ただの魔力切れと思われているのでしょう。『ラトニグ』『トール』『シールド』『アチェル』これだけの魔法を連続で使用しているのですから、何ら不自然さはありません。

 そして、いよいよ大剣の間合いに入りました。

 ドラフはあなたに斬りかかるため、地面を強く踏み込みます。

 あなたはそれをはっきりと見ました!

――――『アチェル』!

 あなたは加速を付加します。

「なにっ!」

 ドラフへ向けて、加速の加護がかけられました。

 突然の加速にドラフは自らの速度を御しきれず、あなたが横に軽く跳んだだけだというのに、勝手に通り過ぎて行ってしまいました。振り返るとドラフは大跳躍して地面に強く打ちつけられておりました。着地に失敗して当然です。あのサイファーとシャーリィでさえ着地することは叶わなかったのですから。

 そして地面を派手に転がるドラフへ向けて、あなたは一冊の魔法書を取り出し、一気に展開しました。

「舐めるなよ、アウトロー風情が!」

 大剣の腹を見せ、盾にするよう構えます。

 全て狙い通りで、思わずにやけてしまいました。嫌味な人間にならないか不安です。

 あなたは構わず魔法を発動させます。

――――『エアー』!

 瞬間、彼の握っていた大剣が浮遊しました。それを握っていたドラフの身も宙に浮き上がります。ドラフ自身を浮かせても良かったのですが、人間の浮遊よりは物体の浮遊のほうが遥かに簡単なので、あなたは大剣を狙いました。以前に同じようなことをしたので思ったほど難しくはありません。

「…………フン」

 ちらりとサイファーを窺うと、少し顔色がよくないように見えますね。

 あなた苦笑しながらもある程度の高さまでドラフを上げます。そして、後は大剣を手放させるため、上下に振り回します。ひどい光景ですね。

「わああああ!」

 やがて情けない声とドラフが落ちてきます。勢いよく落とされたように見えますが、硬化の魔法のお陰でダメージはさほど見られません。

 だから、あなたは次なる手に出ていました。

――――『トール』!

 ドラフの頭上に、雷撃の円盤が出現します。魔法であれば、どれほど硬くとも関係ありません。これで、終わりです。

 振り下ろそうとした、そのとき。

「ま、まいった! 降参だ!」

 ドラフの敗北宣言により、勝負は決しました。

『トール』はドラフのすぐそばに落下しました。外せただけまだ制御できた方です。

――――上手く行ってよかった。

 心の底からそう思いました。最初から『エアー』が使えれば良かったのですが、加速で蹴りを放った時のように何か『エアー』に対応されてはならないと思い、加速で転ばせ、攻撃魔法を放つよう思い込ませた上で発動しなければなりませんでした。

 そして、後は大剣を手放させ、雷撃を放つだけです。

「やったー! すごいよ、ベル!」

 戻ってきたあなたに跳びかかるように抱きついてきたクラリスに、あなたは笑顔で返します。勝てたのは、クラリスとサイファーのお陰です。

初めて『エアー』を使った時、彼女は元々『エアー』は攻撃魔法ではないと教えてくれました。攻撃魔法が通じないと思った時に真っ先に思い出したのはこのことでした。さらに、ツノゴオリとの戦いで大剣とサイファーを浮かせたことを思い出したあなたは、この策を思いつくことができたのです。加速に関してはシャーリィに感謝すべきでしょうか。

 そういった感謝を送ろうとしたのですが、サイファーとシャーリィがまるで目を合わせてくれなかったので、この話はやめておきました。

――――ありがとう。

 クラリスはまん丸とした目で、首を傾げていました。

 

 次に舞台の中央に向かったのは、クラリスでした。

「おーし! 続けて勝って、そんで終わりだ!」

 あなたの勝利に浮かれているのか、いつもより元気ですね。

 ……それが、いけなかったのでしょうか。

 クラリスの相手は細身の男でした。武器は持ち合わせておらず、腰には魔法書を仕舞うホルダーが備えられており、どうやら魔法使いのようですね。

 しかし、結局彼の魔法が何であるかは分かりませんでした。

「ぎゃああああ!」

 絶叫が聞こえます。

 実に女の子らしくない悲鳴をあげながら、クラリスが爆風に飛ばされてこちらに飛んで来ました。ちなみに相手は何もしていません。試合開始直後、意気揚々と剣を抜き放ったところまでは良かったのですが、何故かその瞬間にクラリスが爆発し、吹っ飛んだのです。敵の魔法かと思いましたが、対する敵も呆然自失といった様子でした。

 後に意識を取り戻したクラリスから話を聞いたところ、

「テンション上がって鞘から剣を抜きながら『イクス』を発動させてしまった。鞘の中を斬りつけたことで、爆発したっぽい。……笑えばいいじゃない」

 とのことでした。

 確かに抜刀には気をつけるよう言われていた気がします。

 とにもかくにも、勝負は一対一。

 残る相手は、あのルーブルです。

 

 サイファーが向かう舞台中央には、既にいけすかない武士、ルーブルが気だるそうに待ち構えておりました。装備の類は見られず、手に一冊の魔法書が持たれているだけです。どうやら魔法使いのようですが、魔法書はその一冊だけのようですね。

「まさか、俺様に勝てる、なんて思ってねえよな」

 いきなりの挨拶がそれでした。

 サイファーは無視します。とは言え、いつもより不機嫌そうに見えるその表情からして、相当頭には来ているようですが。

「てめえんとこの一番手が勝てたのは、ただの偶然。あいつは俺達三人の中でも最弱の男。あいつ一人を負かしたくらいで調子に乗ってもらっちゃ困る」

「…………」

 サイファーはやはり反応がありません。

「ビビって声も出ねえのか、可哀そうにな……安心しな、一瞬で終わらせてやるからよ。そんで、昇任は見事パァだ」

 下衆な笑い声を出します。あなたも、隣にいるクラリスも表情を歪めます。出来ることなら自分が殴ってやりたい。そう思っていることでしょう。見れば、シャーリィも不快そうに口元を片手で隠して鋭い視線を浴びせています。

 やがて、審判の男から、開始の合図が告げられました。

「行くぜ!」

 真っ先に動きだしたのは、ルーブルでした。

 魔法書を乱暴に展開し、魔法名を唱えます。

『シゼル』

 それが彼の告げた魔法でした。昨日、バートレーから聞いた魔法と同名です。バートレーの忠告は、こうでした。

「撃たせるな」

 ルーブルの使う魔法はただ一つ。『シゼル』は王都の魔法書の中でも、唯一無二の最強と呼ばれる魔法。その効果は、まず範囲を指定し、檻を出現させます。そして、その内側に捕らえられた相手は、灼熱に包まれ、絶命するというもの。加えて範囲指定出来る個所は、視界に映っている場所全て。規模も自在に操作できるという、反則めいた能力です。その分魔力の消費は激しいものですが、ルーブルには莫大な魔力が備えられているため、平気で扱うことができるのです。

 バートレーの忠告は意味をなしませんでした。既に発動してしまい、檻が出現してしまったのですから。本当に、バートレーの忠告とは何の意味があったのでしょうか。

「それで、この檻をどうするんだ、貴様は」

「は……?」

 内側から高音の灼熱をたぎらせる檻の隣で、サイファーは武器も構えずルーブルに尋ねました。檻の内部に、サイファーがいないのです。理由は単純です。檻が出現するのを見たサイファーが、囲みきられる前に範囲外に脱出した、ただそれだけのことです。

 ルーブルは再度檻を出現させようとしますが、それは叶いませんでした。

「いくら阿呆の貴様でも、『シールド』くらいは持っているよな」

 サイファーは大剣を抜き、ルーブルをその間合いの中におさめておりました。相手の言も待たず、冷笑を浮かべたサイファーは大剣を横に薙ぐように振り切り、ルーブルの横腹に深く食い込ませます。やはり『シールド』だけは装備していたようで、胴体が裂かれることはありませんでしたが、ルーブルの身はあっさり吹き飛ばされ、会場の壁に勢いよく叩きつけられました。

 あなたのときのように、また立ち上がるのではないかと思いましたが、それはありませんでした。確かにルーブルの魔力は高いのでしょうが、サイファーの攻撃はそれを遥かに上回る威力を秘めていたのです。

 壁に体をめり込ませたルーブルの元へ、サイファーが歩み寄り、その眼前で告げます。

「二度と俺達を愚弄するなよ、クズが」

 ルーブルはそのまま気を失い、サイファーの勝利が確定しました。

 かくして、御前試合は決したのです。

 

     ◆ ◆ ◆

 

 昇任は、もちろん叶いました。イリーガル・リクディムは、上位イリーガルとして認められることになったのです。試験を終えたあなたたちは王から正式な承認を言い渡され、後に外霧組合に赴き、ある確認をしました。

 無論コルウス、クラリスの父親が消息を絶った遺跡への立ち入りが認められるかどうか、という確認です。

 結果は、可能とのことでした。

 

 御前試合を行ない、外霧組合での確認を終えたあなたたちは、王都の宿屋にて一晩を過ごすことになりました。疲れはあまりなかったのですが、昇任に関する外霧組合の手続きが思ったより長引いてしまい、日が暮れてしまっていたからです。急いで戻ることもないので、あなたたちは昨晩と同じ宿屋で夜を過ごしておりました。

 サイファーは真っ先に眠りにつきました。相当疲れた様子です。試合ではまるで疲弊しなかったサイファーでしたが、その後サイファーの勝利に異様に興奮したシャーリィに死ぬほど絡まれて、疲れ果ててしまったようです。

 一方のシャーリィは、夜になると、仕事がまだ残っているからと言ってあなたたちに別れを告げました。

 ちなみにエメリアもすでに就寝しております。こちらは遊び疲れたようですね。あなたたちが手続きなどに追われている間、彼女はずっと町を回って遊んでいたというのですから、疲れて当然です。子供ですか、彼女は。

 バートレーは火の雨の情報が手に入ったとかで、先程船に乗って遠く異国コーロゼアンまで向かってしまいました。役に立てたかどうか最後まで不安そうにしていた彼去り際の一言は、「今度こそ役に立つ情報持ってきてやるから! 絶対だから!」でした。役に立つのでしょうか、次は。

 そして、あなたとクラリスは、宿屋の表に出ておりました。

 夜になると昼間の喧噪が嘘のようの静まり返り、王都は穏やかな裏の顔を見せます。夜風に当たりながら、あなたは宿屋の壁に背を預け、クラリスはその隣で膝を折ってしゃがみ込んでおります。二人とも眠れないようです。

「ねえ、ベル」

――――どうした。

「やー、その……。ありがとうね」

 顔を上げずに弱々しくそう言います。

「ベルがいなかったら、きっとここまで来れてないから、さ。最初にお礼言っとかなきゃと思って」

――――こっちのほうがお礼を言いたいくらいだ。

 記憶のないあなたに、様々なものを与えてくれたのはクラリスです。

 感謝する覚えはあれど、そこまで感謝される覚えはありません。今日の御前試合でも、勝つに勝てましたが、強敵を打ち破ったのは間違いなくサイファーです。彼がいなければ生き残ることの出来ない局面がいくつもありました。

 結局のところ、あなたには自信がありませんでした。

「ううん。やっぱり、ぼくのほうが感謝しなきゃ。ベルの記憶の手がかりはまだ何も見つかってないのに、ぼくの願いのほうが先に叶っちゃいそうだし。ぼくの都合で危ないとこにまで引っ張り回してるわけだし」

――――気にしないでほしい。好きでやってることだから。

「ベルは優しいよね。ぼくも、そうなりたいよ」

 クラリスは地面に座り込み、膝を抱えました。小さく、消えてしまいそうなくらい小さく縮こまって、呟きます。

「ぼくは、ベルみたいに優しくなれない。今だって、ラファエルのことは許せなくて、時々頭の中がぐしゃぐしゃになる。……その怒りを他人にぶつけたりもした。だから、いくらお母さんの最後のお願いでも、あいつが最後に行った遺跡になんか行きたくないんだ」

 そう言うと、クラリスはごめんねと言って続けた。

「ぼくが行きたいって、そのためにイリーガルまで組んだのに、こんなこと言って。でもね、ベルには知っておいてほしかったの。ぼくは、優しくないよって」

――――そんなことはない。皆のために、いつも頑張ってる。

「それだって!」

 予期せぬ声にあなたは目を見開きます。自身も驚いているのか、クラリスはしばし黙り込み、言葉を紡ぎだします。穏やかに、自分を落ち着けるように。

「それだって……本心じゃないよ、きっと。あいつへの抵抗なんだ。ぼくはお前とは違うって、言い張りたいだけなんだ。そのくせ、自分の都合で仲間を巻き込んでる。おまけに今日の無様な姿。……ほんと、どうしようもないね、ぼく」

 湿った声で笑うクラリスを、あなたはかける言葉に迷いました。

――――……クラリスがいないと、困る。

 少なくとも自分は確実に困る、と。友達として、仲間として、なくてはならない存在です。それは本心でした。けれど、それ以上どう言っていいのか分かりませんでした。クラリスも心に抱えるものがあります。それを本人から、これほどまでに思い知らされるとは、思いもしませんでした。

 あなたは、トゥインケルが逃げ出した気持ちが分かった気がしました。

 けど、支えるよう託されているのです。だから、あなたはクラリス・リートヴィッヒという少女の、一つの決着を見届ける覚悟を今改めて強くしました。

――――行こう、コルウスに。

 出た言葉はそれだけでした。

 クラリスは、僅かに首を縦に動かしました。

 冷たい風が吹く中、王都の夜が更けていきます。

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