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第二十七章 聖地ヒノハラ

 

 

 

 レムリア全土に網目のように流れる河は、その源流を辿ると全てが一つの地から始まっています。大陸の中心に位置する台地です。標高は五百五十間(訳注:約千百メートル)に及ぶほどの荘厳な姿。そここそが、聖地と呼ばれた地、ヒノハラでした。
 崖の壁面には数えきれないほどの水流が這い、台地の周りに堀の如く湖を作り出しています。
あなたたちは台地の中をくぐる洞窟を抜け、霧の深い林の中に出ます。ヒノハラの上でした。見渡す限り、巨獣の姿はありません。あちこちに糸のような細流が通り、白い石畳が道を示すように続いています。
 林を抜けると、霧も晴れ、芝生のような平原が広がっていました。その遥か向こうに、目指す神殿の姿はありました。
 あなたたちは神殿に向かう前に、平原で野営をすることにしました。

 夜も更け、星空が美しく輝いています。
 あなたは眠りにつくことができず、ぼんやりと空を眺めていました。
――――クラリス、まだ起きているか?
「うん、ベルも?」
 隣でクラリスが動く気配がします。
「やっぱり眠れないよね、明日のこと考えると」
――――そうだな。
「わたしたち、世界の運命を背負ってるんだよね。……現実味が無いけど、本当のことなんだよね。なんだか震えてきちゃうよ」
――――そうだな。世界を滅ぼす存在、か。怖くても無理は無い。
「そうじゃないよ」
 クラリスはクスッと笑います。
「わくわく、してるんだ」
――――え?
「わたし、たくさんの神話や、伝説や、戦記を読んできた。そういう物語の中には、いつも人々を救う勇者が出てきたの。……でも、今はわたしたち自身が、そんな勇者になろうとしてるんだよ? それって、すごいことじゃないかな?」
――――なるほど。
「でも、凄いよね。最初ベルと出会ったときに、こんなことになるなんて思いもしなかったもん。覚えてる? 森の中で、カマキリに襲われてたこと」
――――ああ、覚えているさ。忘れられるもんか。
「最初は外霧組合に入りたいだけだった。その中でサイファーと出会って、組合に入って、いろんな冒険をして、……お父さんに会って」
 クラリスはしみじみと思い出を語ります。
「そんなわたしたちも、この冒険が終われば、英雄の一員なんだよ!」
 あなたは、彼女に対し、精一杯の同意を示しました。
 しかし、本当のところはわかっていたのです。
――――(銀龍との戦いが終われば、自分はこの世界にいられなくなる。きっと自分は、もうクラリスと一緒に帰ることはできない)
 あなたは本来、この世界にいるはずの無い存在です。全てが終わってしまえば、あなたが元の世界に戻ってゆくのは当然のことでした。
――――(それで、いいのか)
 この世界を、去る。多くの人々の前から、そして……クラリスの前から。この世界に来て半年が経とうとしていますが、その間ずっと一緒だった相棒と、もう二度と会うことはできません。
 クラリスは悲しむでしょう。サイファーは怒るでしょう。他の皆は、どうでしょうか。バートレーは泣きながら怒る気がします。ルクレチアさんは怒るでしょうか。リミュニアはきっと怒るでしょう。ハミルトはそれを制するのに手を焼く気がします。
 皆の最後の言葉が、頭から離れません。
――――(それでも、やるんだ)
 あなたがやらなければ、この世界は銀龍の火に焼かれ、滅びるのです。
――――(これが最後の、アウトローとしての仕事だ)

     ◆ ◆ ◆

 翌日、あなたたちは野営地を引き払い、高原の向こうに見える神殿を目指しました。この辺りには霧が無いため、遠くまで随分と見通しが効きます。
 午前いっぱい歩き続け、辿りついた神殿は、むしろ砦とでも呼ぶべき様相でした。曇った半透明の水晶でできた壁が何重にも作られ、神殿に着くまでにはその合間をらせん状に辿っていくしかありません。
「全然見たことのない作りだなあ」クラリスが興味深そうに呟きます。「後期バロン時代の建築様式に似てるけど、材質が全然違う」
 外壁の通路をぐるぐると回り、神殿に足を踏み入れると、ますます砦のような印象を強く受けます。あちこちにアスター教の紋章が彫られ、信仰心を感じる銅像があちこちに建てられているものの、
――――武器……?
 まるで武器庫かと言わんばかりに、通路の壁には槍が、剣が、ずらりと掛けられています。錆びて使えそうにありませんが、昔には使われていたのでしょうか。もしかすると、装飾品の類なのかもしれませんね。
他にも通路の壁にはいくつもの扉がありましたが、そのどれもが破壊されて機能を果たしていませんでした。あなたは通りがかる度にその部屋の中を覗いていきました。そこにあったのはやはり武器が主でしたが、中には調度品が詰まっていたり、河行船に似た個体が転がっていました。しかし、あれが河行船だとすれば、どうしてこんな地上の奥地に保管されているのでしょうか。それに思い返してみれば、形状もどこか違っていた気がします。
「ここは、実戦を想定して作られたんじゃないかな」
 あなたたちは、迷路のように曲がりくねった通路を歩いて行きます。
「でもヒノハラは、記録がある限りでは絶対に戦場になったことがない、言葉通りの『聖地』のはず。いったい、どうしてこんな戦闘城塞を作る必要があったんだろう。あ、地下室にも武器庫があるみたい。まさか、ただの飾りじゃないよね?」
――――クラリスが、調べればどうだ?
 あなたは何の気なしに答えてしまい、次の瞬間自分の失敗に気づきました。
 クラリスはあなたの表情の変化に気づかず、歩みを止めることなく小さく笑います。
「人ごとみたいに言っちゃってー。やるなら、わたしじゃなくてわたしたち。でしょ?」
 あなたは返事をしませんでした。
「でも、そう言えばヒノハラには調査団が入ったことが無いんだよね。教会の許可がないと入れないところだからなあ。わたしたちが世界を救えば、調査許可出してもらえるかなあ。ね、そしたらわたしたち、歴史に残る大発見をしちゃうかもよ? だってこんな遺跡、見たことが無いよ!」
 クラリスはそう言うと、あなたの手をぎゅっと握りました。
「これで目的が決まったね。次は、聖地の探索だー!」
 この人目前の目標忘れてんじゃないでしょうか。
 はしゃぐクラリスを前に、あなたはただ無言でした。

     ◆ ◆ ◆

「中庭に、祭壇があるんだよね」
――――ああ。そこに、銀龍が封じられている。
 あなたは私の話を思い出します。
 五十年前、金龍と銀龍が戦ったのは、神殿の中庭です。そして、金龍は銀龍の力を祭壇へと封じ込め、脅威は去りました。
 神殿内を迷いながらもどうにか一周し、あなたたちは神殿中央の中庭にようやくたどり着きました。芝生と花畑が神殿内に広がっている風景は、何となくミスマッチで、不思議な世界を作り出しています。花畑は中庭の中央で円を描いており、円の内部は芝生が茂っております。そして、その中央には一つの祭壇が備えられております。
 それこそが、私があなたに話した祭壇なのですが様子が変ですね。
「誰だろ……あの人?」
 祭壇の前に、一人の老年の男性が立っていたのです。
 長く伸ばした銀色の髪に、歳の数だけ刻まれた顔のしわ。老いた印象を与える外見に反した鋭い赤色の眼光。腰には一振りの剣。あなたたちは、その姿に見覚えがありません。
 しかし私は彼を知っていました。
 あなたは彼の元へと歩み寄ります。
 それを見た彼は、言葉を紡ぎます。
「君は、この世界の住人ではないな」
 その言葉に、あなたは体を強張らせました。クラリスも同じように固まります。
 深みのある声に、あなたたちの心は踊らされます。
――――どうして、それを?
 やっとの思いで絞り出した言葉がそれでした。彼は驚愕に震えるあなたたちを見てうっすらと笑み、こう告げます。
「知っていて当然だ。私が、この世界にお前を呼んだのだからな」
 彼……ネッド・ラッダイトは不敵に微笑みます。
 あなたたちが呆然とするのも無理はありません。私でもこの事態は予測していませんでしたから。
 どうしてラッダイトがこの場に居るのでしょうか。考えられるのは、銀龍の封印の手助けをしてくれる、ということだけなのですが、どうにも様子が変なのです。私が知りえるラッダイトとは何か違っていました。
「ベルを……ってことは、あなたがネッド・ラッダイト?」
「ああ、いかにも」
「どうして、ここにいるんですか?」
「少々用があってな。ここで君達を待たせてもらった」
「用……?」
「話すと長くなる。……だから、もう始めるとしよう」
 渇いた声があなたとクラリスに降りかかります。あなたたちは状況が飲み込めずに立ちつくすばかりでした。しかし、それを許してくれるほど、彼は優しくはありません。
 ラッダイトは腰に携えていた剣を鞘から抜き放ち、腰を落としました。右足を体の中心より後ろに引き、左半身が前を向くような体勢になります。右手に握られた剣は当然体の後ろに構えられたことになります。
 それは、明らかに後手を選んだ証でした。
「さあ、試験の開始だ」
 ラッダイトの剣が地面に軌跡を描きながら前へ出ます。直後、地面に刻まれた軌跡から暗い闇の波が立ち始め、先行する刃に追いつき、前方へと投げ出されました。それは投げ出された瞬間にはただの水滴のように宙を漂っただけでしたが、空中で形状を三日月型の刃に姿を変え、飛びかかってきました。
「魔法剣……?」
 言いながらもあなたたちは横へ跳んで回避します。それぞれが別々の方向へ逃げると、あなたから見て右側に黒い刃が跳び、逆側にクラリスが跳んだ形になります。当たることのなかった黒い刃はそのまま神殿の内部へと突き進んでいき、障害物に崩すことなく真っ直ぐ遥か彼方へ飛んで行ってしまいました。切れ味は、尋常ではありませんね。
「いきなりなにするのっ?」
 クラリスと同じく抗議の声をあげるあなたに、ラッダイトは暗い笑みを浮かべながら答えます。
「試験だ。お前たちはこれから銀龍を倒そうというのだろう? ならば、まずはこの私を倒してからにしろ。そうでなければ、この場を去れ。そんな弱き者に構っているほど、銀龍も暇ではなかろうて」
 どういうことなのでしょう。
 これではまるで、彼が銀龍を守っているようではありませんか。
 私の理解も彼には追いつきません。どうしてあなたが銀龍を破壊しないのか、まるで分かりません。
「どうしてそんなことする必要があるの?」
 言っている間にもラッダイトの言う試験は続きます。彼は剣先を地面に掠らせると、再びあなたたちに目がけて黒い刃を放ったのです。しかも今度は斜め切りの刃が数本一気に射出されました。避けようがありません。
――――『トール』!
 あなたは、彼が剣を構えた時点で雷撃の円盤を展開しておりました。そして予想通り再度黒い刃の奇襲があったので、あなたは雷撃を振り落としたのです。蒼白い閃光が視界を支配する中、一つの駆け出す音が聞こえました。それは影となってあなたの目にも映ります。間違いありません。クラリスです。
――――『アチェル』!
 あなたは躊躇わずにその人影に向けて加速を付加しました。直後に人影は姿をぱっと消したかと思いきや、遠くで甲高い金属音が鳴り響きました。あなたはそれに向かって駆け出します。即座に攻撃を仕掛けられるよう『ラトニグ』を展開しておきました。
 視線の先、祭壇付近には闇の半円球が出現しており、中から金属音がくぐもった様子で聞こえてくるだけでした。攻撃してもよいものなのでしょうか。
 躊躇っているあなたへ、球体の中からクラリスが投げ出されてきました。小さな悲鳴をあげる彼女の身には黒い粘体質な物体が絡みついており、あなたが彼女を受け止めると、それは飛散して地面に飛び散りました。危ないものかと思って気を張りましたが、どうやら危険性はないようです。
「あの丸の中……いくつも刃が飛び出しきて危ないよ。近づかないで」
 黒い液体のせいでよく見えませんでしたが、クラリスの体には無数の掠り傷が見られました。どれも致命傷に至るようなものはありませんでしたが、万全とは言えない状態になってしまいました。
――――あれも魔法剣、なのか?
「わかんないけど、たぶんそうだよ」
 能力は未知数ですが、とにかく形状を変化させる魔法のようですね。私の知る彼の戦法とはまるで異なるので、何とも言えませんが。
 立ち上がり構え直すあなたたちの眼前には黒の球体があります。しばらく構えて様子を窺っていると、中からラッダイトが出てきました。
「この程度なのか、お前達は」
 黒い球体はラッダイトが中にいないと形を維持できないようで、一気に崩れ落ち、彼の持つ剣へと収集されていきます。その膨大なる量を一身に受けた刃は増長し、黒尽くめの大剣へと変化しました。
「これでは、銀龍に会わせるわけにはいかない」
 飛び出したのは、クラリスでした。
 彼女は身を低くし、抜き放った双剣を両方とも右腰に溜め、下から上へと斬りかかります。しかし、ラッダイトはそれを完全に見切り、身を軽く後ろへ倒すだけで攻撃を回避してみせました。そして後に残るのは、双剣を振り切ったクラリスと、大剣を構えるラッダイトの姿だけでした。
 ラッダイトは大剣を振り上げると、間髪いれずにクラリスへと落としました。
「くっ!」
 クラリスは振り上げたばかりの双剣の腹で大剣を受け止めましたが、その威力に双剣が悲鳴を上げました。このままでは直に折れてしまいます。悲鳴を聞き入れたクラリスは大剣の斬撃を剣の先へと受け流し、魔力を込めました。
「『イクス』!」
 瞬間、爆発音と同時に黒い液体が一帯に雨となって降り注ぎました。刃を形成していた黒い液体も無論なくなり、クラリスから一つの脅威が消えます。しかし動揺した様子のないラッダイトは軽くなった剣でクラリスの腹を正面から突きで穿ちます。
――――『ラトニグ』!
 雷撃の閃光が一直線にラッダイトの手を直撃し、剣を弾き飛ばしました。ラッダイトが武器を失った好機を逃すことなどするわけもなく、クラリスは三度剣を振るいます。
「やりおる、やりおる」
 どこか楽しそうに呟きます。
彼の周囲に飛び散った黒い液体が天を目指して跳ね上がり、引き伸ばされながらある一点へと集合していきます。それは、球体を形成しているようでした。またもやクラリスが飲み込まれてしまいます。
 あなたは加速を自らに付加してクラリスに向けて制御もなしに駆け出して彼女の体を背から抱えて球体から脱しました。
 相対者との距離が開きます。
「強いね……」
――――ああ。
 まだ傷の一つ与えられておりません。
 どうしたものかと逡巡する中、あなたの視界にあるものが映ります。それはクラリスの爆発剣で空いた穴の中にありました。
 あなたはラッダイトに聞こえぬようクラリスにある指示を出しました。彼女は理解していないようでしたが、とにかく聞き入れてくれました。
「はぁぁぁぁ!」
 クラリスが、体の前で腕を交差させるようにして構え、ラッダイトに斬りかかります。一撃目は、片方の剣しか振りませんでした。そしてこれもまた寸前でかわされます。
「まだまだ!」
 クラリスは溜めていた二撃目の剣を放ちますが、これも空振りに終わります。そして攻撃を終えたクラリス目がけて遠くからラッダイトは剣を横に軽く振ります。まるで水でも払い落とすかのような動作で黒い液体を飛び散らせ、細かい刃の群をクラリスに浴びせます。次にクラリスは、回避を選びませんでした。
「爆ぜろぉぉぉぉ!」
 クラリスはありったけの魔力を込めて爆発を引き起こしました。
 爆煙と共に黒い水滴が周囲に雨となり降り落ちます。あまりの爆発にクラリスの身も案じられましたが、あなたは自分の為すべきことを為しました。
 しかし、ラッダイトはあなたにしか意識を向けておりません。爆発に巻き込まれたクラリスは見なくてもよいと判断したのでしょう。そして、今は次に攻撃を仕掛けてくるであろうあなたを注視しています。
 それが、幸運でした。
――――『エアー』!
 あなたは浮遊魔法を発動させたのです。対象外になるべく、ラッダイトは『エアー』展開前に駆け出していましたが、既に手遅れでした。
「なっ!」
 ラッダイトを襲ったのは、浮遊ではありませんでした。
 元々この魔法は攻撃用ではなく、物を浮かせるだけの補助魔法に過ぎないのです。そして、あなたが今回浮遊の対象に指定したのは、クラリスの開けた大穴にありました。
――――武器庫があるって聞いていたからな。
 中庭の下には地下の武器庫があることはクラリスから聞いておりました。そして、彼女の最初の一撃で開いた穴から武器が見えていたのです。だから、あなたはクラリスに大爆発を巻き起こさせて地下の武器を、あなたの視界に入るようにしたのです。結果、まさか足下から攻撃がくるとは夢にも思っていなかったラッダイトの裏をかくことができ、槍や剣、槌といった多種多様な武器がラッダイトの身に直撃していきました。
「やった!」
 クラリスは爆発に巻き込まれながらも、煙の中で立っていました。
 そして、ラッダイトは思わぬ奇襲に身を空へと打ち上げられ、無抵抗のままにそのまま地面の上へ叩き付けられました。剣からは、黒い液体が消えていました。
「……倒しちゃったけど、よかったのかな」
――――分からない。とにかく、本人に聞いてみよう。
 あなたたちは各々の武器を仕舞い、大の字に倒れるラッダイトの傍へ駆け寄りました。もう戦意はまるで感じられませんでした。
「成程。まだ、人には足掻くだけの力が残っていたか……。ならば、後は銀龍を倒すだけだな……」
 傷は相当深いように見えますが、その声は最初と変わらないように思えます。
 近くまで行ったあなたたちの耳に届いた彼の言葉は、さらなる疑問を生み出します。彼の目的は、いったいなんだったのでしょうか。詳しく聞き出そうとしたそのときでした。
「っ!」
 祭壇の盃はカッと光り、同時に物凄い熱を帯びたのです! あなたは思わず目を細めますが、それでも光源である盃から目を離しませんでした。
盃は突如弾け飛び、花畑の一角に落ちると、吠えました。比喩でも何でもなく、盃は咆哮を上げたのです。そして、次の瞬間、もやのようなものがむくむくと出てきました。もやはゆっくりと、しかし確実に何者かわかるような形状を取っていきます。
 それを見た瞬間、あなたたちはそのもやが銀龍であることを確信しました。疑う余地も無く、そのもやは翼ある巨龍の姿を取っていたのです。
「ベル!『インペリアル』を!」
 しかし、それは叶いませんでした。
 銀龍は、あなたたちなど見えぬかのように、その頭上を飛び越え、横たわるラッダイトの体へと落ちて行ったのです。ラッダイトはそのあまりの衝撃に体を跳ね、悲痛な叫びをあげました。
そして、龍の姿をしたもやはラッダイトの体に吸収されるようにして完全に入り込むと、一瞬、中庭に静寂が訪れました。
何が起きているのかまるで理解できないあなたたちを次に襲ったのは、爆発でした。ラッダイトの身からもやが一気に噴出し、あっという間に視界を支配し尽くしてしまったのです。今度ばかりははっきりと何者かの姿を捉えることは出来ません。しかし、影を追うことはできました。
その影は、あまりに巨大な翼を持つ、化け物でした。
化け物は風圧を放ちながら舞い上がります。あなたたちには、為すすべもありません。
 間違いありません、あれが、銀龍です。
 あなたたちにはきっと状況が飲み込めないことでしょうが、これで分かったことがあります。私は今までラッダイトは金龍の器であると信じ込んでおりましたが、それは間違っていたようです。彼は、銀龍の器だったのです。龍が復活するには特定の器が必要となります。それがラッダイトだったのです。
 だから、彼は自分を止められるかどうか、あなたたちを試験したのです。
 そんなことを知るよしもないあなたたちでした、行動は早いものでした。
「『エアー』で追える?」
――――いや、あんな高度まで浮遊は保てない。
 あなたが考えを巡らせていると、クラリスは突然神殿へ駆けて行きました。
――――クラリス、何を!
「ちょっと待ってて! すぐ戻るから!」
 何か策があるのでしょう。あなたは少し迷いましたが、クラリスを追いませんでした。数分後、クラリスは宣言通り戻ってきました。しかし、三階の窓から、でしたが。
――――何だあれ?
 彼女は……船のようなものに乗っていました。しかし、外観こそ船のようですが、それは空を飛んできたのです。クラリスの駆る船は、吹き抜けに飛び出すと、滑空してあなたの元にやってきました。よく見れば装甲が所々剥げていて、近くで駆動音を聞けば、それが崩壊寸前であることは明らかでした。
――――おい、何だそれ。
「空中船だよ。水上船に対して、飛べる船。ってそんなことはあとあと、ほら乗って!」
 どうやら先ほどの探索の折りにクラリスも見つけていたようですね。あなたはクラリスの後ろに飛び乗ります。
――――操舵は大丈夫なのか?
「うん、ほとんど河行船と同じ仕組みだからね! 天才に任せなさい!」
そう言われればかなり安心できます。クラリスの操舵の腕は、あなたがいちばんよく知っていますから。
「じゃあ行くよ、掴まってて!」
 クラリスは舵を握り、空中船が舞い上がります。

 最後の戦いが、始まりました。

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