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第二十二章 バートレー・ラスティの録音

 

 

 

「ヴァレア女王がお待ちなのです」
 ―――ってちょっと待ったァ!
「なんですか、うるさい男です」
 いや、お姉さん、えーっとノアニール嬢?  女王がお待ちってどういう。
「言葉のままですよ? この扉の向こうに、ヴァレア女王がいるです」
 サイファー、どうなってるんだろうね、オレは現状把握がまったくできていないので説明をお願いしていいかな。
「……俺の姉のルクレチアが俺達を捕まえた。俺達はヴァレア女王のもとへ連れて来られた」
 はーい簡潔な説明をありがとうサイファー君。

(扉の開く音)

 オレは今、特別な許可を貰ってこの録音を行っている。オレの直感からも、そしてこの録音の許可を出したヴァレア女王の意見からも、―――おそらくこの会談は歴史的に重要なものになるから。
 女王は、我々が挨拶をするのもそこそこにこう言い放った。
「アリューゼのことです」
 まあね、そのことだとは思ったよ。
「こら、無駄口叩くな」
 ……すまん、サイファー。
「突然のことで戸惑っているのでしょう。サイファー、あなたはアリューゼとイリーガルを組んでいた……間違いありませんか?」
「……はい」
「では聞きましょう。あなたはアリューゼの仲間ですね?」
 サイファーが言葉に詰まる。一瞬、重い沈黙が場を支配し、女王は怪訝そうに眉を寄せた。ルクレチアもちら、と自分の弟に目をやる。
 ―――サイファーはリクディムの中で唯一、アリューゼの傍につかなかった人間だ。その、負い目だろうか。こいつが自分を責めるだなんて可愛げのあることをするとは思えないが、それでも、もしその気持ちがあるのなら、それはつまり。
 オレは言った。
 
女王陛下、サイファーにその質問はおかしいのでは?

 おちゃらけた雰囲気を作るのは得意中の得意だ。修羅場を取材する時、長い旅の途中に立ち寄る酒場、そういうところではこういうスキルが役に立つ。
 女王はサイファーから目を離し、オレを見た。
「―――どういうことでしょう」
 つまりですね、言うまでも無く、この(顎でサイファーをしゃくり)、サイファーって男はアリューゼの味方であり仲間ですよ。そうじゃなきゃ逃亡するまでも無く僧侶の手伝いをしているでしょ。どうです?
「ああ、そうですね。……この質問自体が愚問でした。申し訳ありません」
 サイファーは微妙な顔でオレを見た。その視線には気付かないフリをする。
「わたくしが知っている彼の人は、今回のような軽率な振る舞いをするような人物ではありません。ローを廃止するとなれば、慎重な議論を重ねる人のはずです」
「?」
 サイファーの顔が疑惑に染まる。共にいるオレも同様だ。今、女王は何と言った?
「じょ、女王……知っている?  あなたが、アリューゼを?」
「はい」
 しっかりと頷いたヴァレア女王は、裾の長いドレスをさばくとサイファーの近くへ寄った。
「ローをなくそうとしていたアリューゼの試みは、わたくしにとって納得がいくものだったのです。なぜならわたくしは、アリューゼの人柄に全幅の信頼を置いていました。一見狂気の沙汰のように思えるロー撤廃も、彼の人の言を聞けば、戸惑うようなものではないことが分かったのです。歴史的には、正しい事柄ばかり。……間違いありません。あの方は、教会の陰謀によって追われているのです」
 おいおい、陰謀論かよ?
「アスター教はかつて力を持ち、国境を越えて権力を持つ一団でした。しかし龍戦争以降、宗教心の離れた現在では、教会は専ら魔法の管理者。特に、彼らの権威を守っているのはローを発見したという功績、そしてローの管理者としての立場。それだけです」
 なるほどな。つまり、その唯一のアイデンティティであるローを理論的に否定するアリューゼ一派は、暴動を起こすような連中以上に危険な存在だった、と。
「そういうことです。ですから、我が国の管理下である霊峰、ラルナにアリューゼ一派をかくまっていたのです」
 おいおい、そういうことか。だから立ち入り禁止の霊峰にあいつらはねぐらを構えられたんだな。まあ、どっかの記憶喪失が自分でばらしやがったが……っていってえなサイファー! 殴るこたぁねえだろ!
「やめなさい愚弟」
「チッ」
 こらこらおめーら、女王陛下の御前だぜ? もうちょっと神妙にしやがれ。……ああすまねえな陛下、続けてくれ。
「ええ。あなたたちは、ラッダイト事変を御存知でしょうか」
 らっだいと?
「はい。三十年ほど前……『ロー』が発見され広まろうとしていたとき、霧によって仕事を追われた騎族たちが起こした霧破壊運動。それが、ラッダイト事変です。これを指揮した首謀者がネッド・ラッダイトという人物だったそうですが、結局ラッダイトは発見されぬまま事変は武士たちによって鎮圧されました」
 ……おい、サイファー。
「なんだ、ひそひそ声でささやくな」
 騎族ってのは何だ?
「このたわけが。ロー発見前まで街を巨獣から守っていた戦闘集団だ。今のアウトローの母体となった集団だな。政治業務に関わっている武士に比べ、その数は十倍とも、二十倍とも言われている」
「その通りです」
 おう陛下、すまねえ。しかし十倍って、武士はどうやって鎮圧できたんだよ?
「その当時、ちょうど発見されたばかりの魔法が実戦投入されたんですよ。……『シールド』です」
 なるほど、片や生身の人間、片や数十発切られても傷一つつかない人間。勝負は見えているな。
「武士はラッダイト派を完膚なきまでに叩きのめしました。絶対悪として。……そして、アリューゼは今、第二のラッダイトに仕立て上げられ、潰されようとしているのです」
 陛下、どうしたんすかいきなり立ち上がって……うわ! 頭上げてください!
「お願いします。ヴァレア武士団として、アリューゼを救ってください。まずは、あの方を保護し、その真意を聞くこと。そして、きな臭い動きを始めた教会を糾弾しなければなりません」
 ……やべえ、オレどうしよう。
「任せてください、陛下!」
 おうルクレチアさん、いいお返事だな。一方サイファーは……うわ、随分暗いな。
「俺は……間違っていたのか。あいつを、疑ってしまった。あいつを、……殴ってしまった。バートレー」
 うお、何だよ。肩掴むんじゃねえ。
「行くぞ。エヴァンジェリンを探すんだ。あいつに……一言謝らなければならない」

     ◆ ◆ ◆

 こうして女王陛下との会談は終わり、オレたちはヴァレア城を後にしたってわけだ。
「おい」
 サイファーが何か言ってるがちょっと無視。この平原で音止めなきゃめんどくさいことになるからな。ああ、録音はバートレー・ラスティでした!
「おい!」
 ―――っと、なんだよ全く。随分殊勝な態度だねえ。
「(ため息)誤魔化すな。お前は俺を庇ったんだろう」
 はぁ?  やめろよ気持ち悪いな、何の話?
「アリューゼが俺の仲間か、女王が聞いたときだ」
 ああ、あの時か。だって結局お前は一度たりとも、アリューゼの敵だと断言しなかったからな。
「……」
 それに、だ。
「?」
 あそこで君がアリューゼの敵だと言ってみろ、オレがここまで耐えて続けてきた取材はパアだ。女王だってあそこまでぶっちゃけた話はしてくれないだろうし、結果的に自分の首を絞める事態になるだろうさ。お前がアリューゼの何であろうと、今は仲間でいてくれる方が都合がいい。そういうこと。
「はっ……相変わらずよく回る舌だ」
 うるさいな、記者の舌が回らなくてどうする。ああもう、ほら、まだレコード廻ってるんだぞ。最後に〆なきゃいけないんだから、ちょっとあっち行ってろよ。
「……礼を言っておく」
 うわっ、気持ち悪い。はいはい、分かりました。受け取っとくよ。
 …………サイファーはもう、向こうでルクレチアと今後の予定を立てている。あそこには、ここの声も聞こえないだろう。だから、まあ、瑣末なことだけど、ちょっとだけつけ加えてこの録音を終わろうと思う。どうしてオレが、アリューゼとサイファーを繋ぐ言葉を発したか、ということを。背筋が凍るような美辞麗句だけど、時々は言ってもいいんじゃないかって今は思うね。

 オレは長いこと旅をしているが、奴らのイリーガルは最高だと、思うんだよ。
 壊すのなんて勿体無いだろう?
 

それだけだ。

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