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第二十章 バートレー・ラスティの録音

 

 

 

(風と木の葉の音が聞こえる。)
 ん、機材は無事みたいだな。よかったよかった、万が一壊れてたりしてたら商売上がったりだったぜ、全く。
 オレは今、ヴァレア中部の森の中で野営している。なんでまたそんな辺鄙なところにいるかって言うと、それはひとえにオレの横で胡散臭そうな顔をしている男のせいであって「誰が胡散臭い男だ」ん、聞いていたのか?
「聞きたくもないのにベラベラしゃべるから耳に入ってくる。大体なんだ、その独り言は」
 記者がすることなんてヒトツに決まってるだろう。録音。
「録音?」
 そうそう、ここまで関わっちまった以上、最後まで見届けない手はねえからな。いつか世の中が情報を求めるとき、このレコードを売り出すって寸法さ。
「ふん。小声で手早く済ませろ」
 そうさせてもらうぜ。えー、じゃあとにかく、こんな辺鄙な場所にいる理由から……の前に、紹介の必要があるな。さっきの声はサイファー・ノアニール。なぜあんなのとオレが同行してるかと言えば、それはひとえにあの、どーも掴みどころの無い女将のせいなんだよな。全く余計なことをしてくれた。
 今日、つまり極月九の日。オレは、ちょっとばかし縁のあるイリーガル、リクディムが手配されたことを知り、その根城である郊外の宿屋に警告にやってきた。勿論、警告の内容からして彼らが逃亡を企てるのは分かっていたことだから、そうなった時オレも同行して後々スクープ記事にしようと考えていた。はい? なんだいサイファー、『自分がスクープを得るためにこんな事態を呼び込んだ』だって? ハッ(鼻で笑う)、当たり前だろ。なんで見返りなしに犯罪者の片棒担がなきゃならないのさ。世の中全てギブアンドテイク!
 しかしオレの目論見は、事態が予想外の方向に動くことで失敗しちゃったんだよ。っていうのもさ、そこでふてくされてるサイファーが原因で、リクディムが仲間割れしちゃったんだよね。イッテ!
「その言い方が気に食わない」
 暴力反対!
「ペンは剣よりも強しというだろうが」
 ちょっ……分かった、分かったからその拳をおさめようぜサイファー・ノアニール。口は慎む。正直すまんかった。
 えー、そこで登場した宿の女将に蹴り飛ばされ、強制的にノックアウ……いや、速やかに眠りにつかされたサイファーさんは、至極行儀よい傍観者だったオレの体の上に降っておいでになった。でもって何の罪も無いオレまでサイファーともども気を失う羽目になった。―――なんか腹立ってきたな。
 で……目が覚めたときにはもう、スクープの対象であるアリューゼはそりゃもうキレイに姿を消していて、至極どうでもいい男サイファーだけが残されていた、と。なんだよ文句ある? こちとら商売道具逃してんだから。
「……」
 でもそんなサイファーもリクディムの一員、一緒にいればいつかアリューゼに辿り着くんじゃないかと一縷の望みをかけてオレは彼についていくことにした。で、今に至る。サイファーが簡易の隠れ家も作ってくれたし、当分は此処に隠れることになると思う。
 はー、話し疲れたなぁ。どうだサイファーさんよ、今後の目標でも宣言しておくかい?
「黙れ」
 ということなので今日の録音は終わっておこうか。テープの残量も気になるから、今後は何か展開があった時とか暇な時とかサイファーへのイヤガラセのために録音を続けることにしよっと。

 

 

    極月十五の日

 

 

 今日はソウゲンオオカミの群れが隠れ家に飛び込んでくるという事件が起きた。そのときばかりはいつも獣を殺さないサイファーも奴らを殺し、結果的にオレ達の夕食は豪勢になった。そのとき、食事をしているサイファーを見て、気付いたことがある。サイファーってな、食事は右手でとるくせに、大剣は左手で握ってるんだ。いわゆる逆手持ちなわけよ。
 ……うん、そう。まあ、非常にどうでもいいけど。なんで逆手持ちなのかもわからねえことだしな。

 

 

    極月十九の日

 

 

 ついに追手がかかった。今はもう隠れ家を遠く離れている。
 釣りから帰ったとき、そこで五人ほどのアウトローが隠れ家に待ち受けていた。賞金を狙ってきたらしい。そんなに金が好……き……うーん……オレは大好きだ……。うん、彼らの気持ちも分かる。
「理解している場合か?」
へいへい、そんな呆れた目で見ないでください。サイファーは奴らのシールドをことごとく粉砕し、オレ達はさっさと逃げることにした。

極月二十の日

 北上を続け、エトワールの国境が見えてきた辺りにまでやってきた。今のところ僧侶は見えない。

 

 

    極月二十一の日

 

 

 エトワール国境の大門では僧侶たちが張っていた。オレ達は迂回して山道からエトワールに入ることにした。既に携帯食料は切れ、そこらの巨獣を狩りながら進む生活になってる。この状況下でもサイファーが冷静さを失わないでいてくれるのは、正直ありがたい。ま、そんなこと面と向かって言うわけないけどな。あいつが寝てる今だからこそ、こんなことを言えるのさ。

 

 

    極月二十二の日

 

 

 本来はこの辺りに身をひそめるつもりだったが、雪が降り始めた。ここに長居するのは難しいだろうなぁ。オレ達はエトワールに密入国することにした。ま、国に入っちゃえばこっちのもんだ。オレも一応は記者だから、国中の道を網羅していると言ってもおそらく過言じゃない。もう隠れ場所の目星はついている。

 

 

    極月二十六の日

 

 

 ようやくエトワールに入国することができた。……寝ているサイファーも、心なしか安心しているようだ。山を降りたオレ達は今、林道の脇で野営をしている。宿屋に行きたいところではあったんだけど、そんなことしたらアシがつくからなぁ。ああ、今更ながらアシがつくとか気にする日が来るなんて思わなかったよ……なんかどんどん犯罪者慣れしてるみたいでイヤだなあ。ま・でも、この調子なら姿をくらますのも時間の問題かな。
「ほう、そうですの」(サイファーの声ではありません。女の声です)
 ―――アレ? ど、どちらさま?
「私はヴァレア武士団、ルクレチア・ノアニールです」

(ここで音声は途絶えます)

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