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第十八章 動き出す運命

 

 

 

 それは、コルスタの滝から帰還して、わずか二日後のことでした。

 この日は森に出て宿屋ドリアデスのために食材の調達をしていたのですが、いきなりの雨にあなたたちは宿屋に引き返しておりました。

 深夜の宿屋ドリアデスに入ると、来客が待ちかまえていました。その姿を認めると、あなたとクラリスは表情を緩ませ、サイファーがどうでもよさそうに鼻を鳴らしました。

「ありゃ、バートレー。お久しぶり」

 クラリスがにこやかに挨拶をする横で、あなたも会釈します。しかしお相手、バートレー・ラスティは、厳しい表情をしています。

――――どうか、したのか?

「どうもこうもねえよ」バートレーは小さく震えています。「お前たち、大変なことになってんだぞ。何のんきな顔をしてんだよ」

「大変なこと?」

「ああ、知らなくても当然だろうな。これは、今のところ公にされてねえことだからな。けど、明日にはレムリア中に知れ渡ることだろうよ」

「何よ、もったいぶらないで早く本題に入ってよ」

「そうだな」

 バートレーは、誰もいない食堂の椅子にどんと掛けました。

「座れ。長い話になる」

 

     ◆ ◆ ◆

 

「何から話したもんか。……混乱するから、順番に話すか。ベル・エヴァンジェリン。てめえの正体が、わかった」

 あなたたちは一瞬顔を見合せます。

――――本当……なのか?

「おう。この間の学術都市アンダロフ事件のとき、てめえは、犯人の行き先を予言していたらしいな。あれがきっかけになったそうだ」

「どういうこと?」

「ベルは、霊峰ラルナを指差し『あちらに人が住んでいる』と言ったんだろ。オレは記者仲間から聞いたんだけどよ。……ああ、確かに霊峰には一つの集落があった。そして連中の証言により、てめえの正体がわかったんだよ、ベル。……いいや、アリューゼ・ペテルギルク」

――――アリューゼ……。それが、自分の名前か。

「ああ。ラルナの集落で、若い族長を務めてた人物だ。黒髪黒目の魔族で、絶大な魔法使いの才能を持っていたらしい。だが、菊月の初頭……ええと……今から四カ月くらい前に、行方不明になってんだとよ」

 菊月、と聞いてクラリスが反応しました。

「わたしがベルと会ったのは、確か……菊月の十六日だよ!」

「さっき、エメリアに聞いた。他の条件も、整い過ぎてる。そこで教会は、トクリ外霧組合に所属するアウトロー、通称ベル・エヴァンジェリンを、アリューゼ・ペテルギルクと断定した」

 あなたとクラリスは手を取って喜びあいます。ついに、あなたの正体がわかったのですから。しかし、サイファーは表情を変えず、静かに問いました。

「その報せを持ってきた貴様は、なぜそんなに暗い面持ちなんだ。答えろ、ラスティ」

 バートレーはうつむき、ふうと息を吐きます。そして、思いがけぬことを口にしたのでした。

 

「アリューゼ・ペテルギルクは、第一級思想犯だからだよ」

 

     ◆ ◆ ◆

 

 一瞬、その場が止まりました。

「アリューゼ率いる、ペテルギルク一味は、『ロー』に反対する危険思想の持ち主。最初こそ平和的に教会に交渉を申請していたものの、今年の夏に『ロー』の社を破壊する事件を、そして町に火の雨を降らせる事件を引き起こしたんだよ。オレが追ってた事件も、連中の仕業みてえだな」

――――そんな、バカな。『ロー』に反対? 一体、なぜ?

「騎族制度の復活と、アウトローの地位向上が目的だと。『ロー』が出来るまで人を守っていた騎族は、今や没落し、その多くがアウトローとなってる。しかもそのアウトローたちは、クソ安い賃金で危険な仕事をしてる。この状況を覆そうとしたらしいな、連中は。初めのうちは、各国の政府や外霧組合たちに多く受け入れられたペテルギルクの提言だったが、実力行使に及びだしてからは支持者が一気に離れてったって話だ」

 バートレーは毒を体から排出するように溜息を吐きます。

「『ロー』が突然消えたとき、町付きの武士だけでは町を守り切ることができなかった場合が多かったというのも、ペテルギルクが危険視された理由だ。少なからぬ死者、数え切れぬほどの怪我人を出し、ペテルギルクは完全にイカレてやがった。けど、その事件を引き起こし、第一級思想犯に指定された後、ペテルギルク派はぱったり姿を消した。次に姿を確認されたのは、オレらが出会った聖都バプティスの火の雨んとき。そして、てめえらが活躍した、アンダロフの事件のときだ。アリューゼ、てめえの証言により、集落に潜んでいたペテルギルク派は全員捕えられたんだよ」

 あなたは、茫然としてしまい、何を応えることもできませんでした。

「アリューゼ・ペテルギルクは表舞台に姿を見せることのない人間だった。だから、教会の連中も、てめえらを見てもわからなかったんだろうな。それが今回のペテルギルク派捕縛、そして尋問の末アリューゼの正体がわかった。記憶を失い、ヴァレアの辺境でアウトローをやっているとは、誰も思わなかっただろうな」

――――まさか、自分が、そんな……。何かの間違いでは、ないのか?

「ありえねえよ」

 バートレーは即答しました。「現代薬学はバカになんねえ。自白剤投与して、ペテルギルク派の答えは一貫して『アリューゼは黒髪黒眼の魔術師で、菊月初頭に行方不明になった』って出たんだよ。てめえと完全に一致してる。黒髪黒眼の魔族は、もう現代に残ってねえはずだ。戸籍を持たないアリューゼの他に、もう一人魔族がいて、同じ時期に確認され、同じような魔力を持ってる、とでも言い張るか? そりゃ、オレでもありえねえと思うぜ」

 そしてとどめを刺すように、バートレーは小さく続けました。

「明日、この情報はレコードで世界中に流れる。そして、イリーガル・リクディムの三人は、第二級賞金がかかることになる。つまり、『死体でも構わない』賞金首ってわけだ」

 

     ◆ ◆ ◆

 

 あなたは完全に思考停止に陥り、茫然と話を聞いているばかりでしたが、隣の相棒に肩を揺さぶられてようやく意識を取り戻しました。

「ベル……ううん、アリューゼ、しっかりしてよ!」

 クラリスは、精一杯落ち着いた様子を保とうとしている様子です。「ぼーっとしてるひま、無いよ。わたしたちがここに滞在してるのは、トクリの組合の人はみんな知ってる。教会の人も知ってる。逃げなくちゃ」

――――クラリス。でも、自分は罪を犯した身なのかもしれないんだよ。

「わたしはアリューゼを知ってる。火の雨やロー消失事件に関わってるなんて、そんなの何かの間違いだよ。アリューゼの記憶が戻れば、きっとわかるはず! それまでは、逃げよう!」

 バートレーもこくこくと頷きます。

「そうした方がいいぜ、アリューゼ。今教会にでも行ってみ、ぶち殺されんのがオチだ。オレの目は、てめえらが大物だって言ってる。てめえの言い分が通らなかったから、プッチ来て実力行使に出るようなバカじゃねえだろ。あー、なんていっていいかよく分かんねえんだけど、何か、隠された真実、があるんじゃねえか? それを知るまでは、てめえらに死んでもらっちゃ困るんじゃよ」

――――記者らしい御言葉だな。

 あなたは頭をようやく整理し、深呼吸をします。

「行こう」

 クラリスが先に立ち上がり、笑顔を向けてきました。

 ですが、そのときです。

 

 ゆっくりと、刃を滑らせる音が響きました。

「逃げるしかない? そんなことは無い」

 あなたの背後で、金髪の大剣士は言いました。

「ペテルギルク。貴様を教会に突き出し、記憶喪失という事情を話させれば、片は付く」

 振り返ると、サイファーは大剣を抜き、あなたに刃先を向けていたのです。

――――サイファー?

「俺は本気だ。……期待しているなら、それを裏切らせてもらうぞ、ペテルギルク」

 サイファーの目は据わっています。「せめてもの情けだ。俺は貴様を殺したくない。おとなしくトクリの教会についてこい」

 あなたは、首を縦には振りませんでした。

 サイファーの言うように、あなたが教会に赴けばリクディムは助かるでしょう。しかし、それでは駄目なのです。クラリスに、何かを失わせる選択など、あなたは取れません。

 あなたの反応に、サイファーは目を伏せ、「そうか」と呟きます。

 その直後のことです。

 あなたの全身に浮遊感が襲いかかりました。

 いったい何が起きたのか、考える余裕はありません。あなたは視覚を頼りに状況を理解します。ぶれる視界。遠ざかる仲間達。吹き飛ばされているようです。そう感じると、今度は背に衝撃が走り、耳の極近い場所で木材が悲鳴を上げるのが聞こえました。

 あなたの身は外に放り出されておりました。

 濡れた地面に投げ出され、泥が身にまとわりつき、大粒の雨が上からあなたを打ちつけます。しかし、痛みはありませんでした。こんなときでも『シールド』は働いてくれます。衝撃があった個所は、恐らく腹部。今までに感じたことのない一撃でした。

 あなたが身を起こすと、大剣を携えたサイファーがゆっくりと歩み寄ってくるところが見えました。あなたを吹き飛ばして作った壁の穴からぬっと出てくる姿に、あなたは脅威を感じました。

 雨に濡れた前髪を大儀そうにかきあげ、刃のように鋭い眼光を向けてきます。

 敵にだけ向けられてきた瞳。あなたが頼りにしていた大剣。圧倒的な存在感を放つ巨躯。それらがあなたの前に立ちはだかるときが来ました。

 灰髪の大剣士は、今まで厳しくも優しく諭してくれた言葉で、あなたに言い放ちます。

「立て、ペテルギルク」

 その言葉だけで十分でした。

 説得など、聞いてもらえない。あなたは確信しました。サイファーとはそういう男です。

 あなたは立ち上がり、サイファーと対峙しました。

「やめてよサイファー! こんなときに仲間割れなんて!」

「黙っていろ」

 短くそれだけ告げると、濡れる地面を蹴り上げ、大剣を上段に構えたサイファーがあなたに迫ってきます。ただ斬られるわけにはいきません。あなたはサイファーが大剣を振り下ろすのに合わせてバックステップを取りました。

「遅いな」

 かわしたつもりでした。

 しかし、サイファーの斬撃はあなたの予想を遥かに超える速度で迫り、距離が思ったより開けていませんでした。上段斬りがあなたの右肩に直撃します。またもや『シールド』がダメージを緩和してくれますが、衝撃だけは直に伝わります。あなたは一瞬の抵抗も許されず、地面に頭から叩きつけられました。強く打ちつけた身が一度地面から僅かに浮き上がります。

 その僅かな間にサイファーの足先が入り、あなたは蹴り上げられました。息をする間もなく衝撃が襲いかかり、浮遊感に捕らわれます。何とかして眼前のサイファーに目を向けますが、サイファーは既に大剣を腰に溜め、今まさに振り抜こうとしておりました。打ち上げられたあなたに、それを防ぐことも避けることも叶いません。

――――ぐっ……!

 横腹に、深く大剣がめり込みました。刃はなかなかあなたの身から離れず、最初のように遠くへ弾き飛ばされるようなこともなく、大剣の軌道は斜め下へと向かいました。またもや地面に打ち付けられたのです。水たまりを蹴散らしながら少し転がりますが、あなたは両手をついて立ち上がろうとしておりました。

 しかし、それも許されません。

 まだ地に視界が落ちたままだというのに、サイファーの大剣が背中に振り下ろされたのです。まだ地面に全身を打ち付けられます。もう自分がどうなっているのかも分かりません。『シールド』はまだ健在ですが、先程の一撃でひびのようなものが生じております。今までにない経験です。

 頭の中を揺さぶられるような感覚に落ちる中、あなたは死に物狂いで魔法書を取り出し展開しました。

――――『ラトニグ』!

 滅茶苦茶に撃ちます。出したのは四つの閃光。しかし、それらがどこに向かったのかはわかりません。視界では確認できませんでしたが、聴覚がサイファーの退避を報せてくれました。地を蹴る音が聞こえたのです。

 あなたは無我夢中で立ち上がり、再度『ラトニグ』を放ちます。発射場所は四方。前後左右。どこにサイファーがいるのかは、まだ分かっていません。何せ首が顔を上に向けてくれません。衝撃が全身を襲うとき、どっと疲労感のようなものが押し寄せるため、一時的に脱力したようになるのです。

 サイファーの舌打ちが聞こえました。

 どうやらこの威嚇行為にも意味があったようです。

 ようやく体勢を整えることのできたあなたは、改めて魔法書を構えます。

「まだ無傷か。しぶとい奴だな」

 サイファーは正面におりました。

 相手も健在のようです。

 反撃を仕掛けようとするあなたに、またもやサイファーが迫ります。動きは読めません。見切ろうと思って見切れるものでもありません。あなたは正面、視界限界まで『ラトニグ』の曲線を放ちました。数は十を下りません。

 サイファーは右足で己にブレーキをかけて減速すると、その身を即座に斜め後ろへと飛ばしました。射程範囲外ぎりぎりのところまで到達すると、今度は地を蹴り向かってきます。これでは、いつまで経っても当たりません。もう一度『ラトニグ』で時間を稼ごうとしますが、サイファーは既に近くまで来ています。

――――『アチェル』!

 加速。サイファーが一気に遠ざかります。あなたは後方に跳んだのです。『ロー』を突き抜け、森にまで至りました。

 直後、霧を裂いて灰髪の大剣士が上段から斬りかかってきました。

 狙い通りです。

 あなたは再度加速を付加しました。

「なに!」

 サイファーへ向けて。

 突然の加速に身の自由を奪われたサイファーは自分の速度を御しきれず、あなたの体を掠めて背後の木々へと吹き飛んでいきました。以前に御前試合で見せた技です。サイファーにも有効であることは、バプティスでの巨人戦で学んでおりました。後は振り返って雷撃を浴びせればダメージとなります。

 しかし、振り返るあなたが見た光景は、期待を裏切りました。

「貴様、どこまで俺をこけにするつもりだ……!」

 サイファーがぶつかるはずだった大木が、斬り捨てられていたのです。折れる身はゆっくりと隣の木を踏みつぶしながら重力に従って落ちて行きます。その前でサイファーは立ち尽くしています。

 地に打ち付ける雨が弾けて霧を生む中、あなたたちは対峙します。

 加速も通用しないことが分かりました。小細工など通じない相手なのです、本来の彼は。

 相対者として向き合うサイファーは、絶望そのものでした。

 身が竦む思いをしながらも、あなたはめくらましのためにドリアデスを覆う霧の中へと逃げ込みました。次にあなたが取ろうとした策は、『エアー』を用いたものです。以前のように大剣を浮かせることができれば、次こそ攻撃の機が訪れます。

 そして、まずは成功しました。

 霧から飛び出してきたサイファーの大剣に『エアー』を放つと、大剣は上空へと引っ張られました。そう、大剣は。

「フン」

 耳に慣れた嘲笑が聞こえます。サイファーは大事な武器である大剣をあっさり手放し、そのままあなたの眼前まで駆けてきたのです。よく考えれば当然の行動です。御前試合での相手は剣に頼り切った戦法を好みましたが、サイファーは違います。体術ではあなたに勝ち目などありません。

 サイファーの拳があなたの顔面を捉えます。

 また吹き飛ばされ、飛沫を立てながら地面を滑りました。

 次に大剣を喰らえば、『シールド』も確実に砕けることでしょう。

「ベル!」

 クラリスの叫びが聞こえました。アリューゼという名は、まだとっさに叫べないようです。その声は、サイファーの立つ方向から聞こえました。見れば霧の傍にクラリスとバートレーが立っていました。どうやら霧から飛び出したときに心配して駆け寄ってきてくれたようです。

 そして、大剣を拾ったサイファーが歩み寄ります。それをあなたは音で捉えます。顔を上げていられなくなったのです。

「貴様は、こんなにも弱かったのか」

 絶対的な敗北が、そこにはありました。

 しかし、近づくサイファーの歩む音が止まります。

「そこを動くな。貴様が邪魔をするなら、俺も容赦はしない」

「嫌だ、動かない。それに、サイファーとも戦わない」

 少女の声が、あなたを守ります。

「どうしてこんなことするの? サイファーは、アリューゼを信じられないの? ずっと一緒にやってきた、仲間でしょ!」

「確かに、エヴァンジェリンならば、自分の目的のために一般人を危険にさらすような真似はしないだろう。しかし、アリューゼ・ペテルギルクはどうだ? 俺はそれを信じられない」

「でも……」

「俺も、エヴァンジェリンは信じている。しかし、記憶が戻ったとき、果たして貴様は、俺の仲間であるエヴァンジェリンなのか? いいや、大量虐殺犯のアリューゼ・ペテルギルクに戻ってしまうんじゃないか?」

 あなたは、何も応えられませんでした。

 クラリスやバートレーが自分を信じてくれるのは、ありがたいことです。しかし、サイファーの言っていることも、また否定しがたい可能性の一つなのです。

――――記憶が戻ったとき、自分がクラリスやサイファーを襲う可能性も……無いなんて、言えない。

 今なら、間に合います。あなたがアリューゼ・ペテルギルクだと知らずに共にいたリクディムの仲間は、まだ今なら罪を晴らすことができるのです。あなたが、教会に行き、記憶喪失の事情を話すことで、クラリスは、サイファーは救うことができるのです。

 でも、そうしたとき、あなたは間違いなく殺されることになります。記憶が戻ることも無く、あなたを知る人を思い出すことも無く、ただ死ぬことになるのです。

 あなたは、泣きだしそうな気持ちになりながら、結論を出しました。

――――自分は、

 その、ときでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あはァ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 凄まじい掛け声が聞こえたかと思うと、あなたの目前からサイファーは右手側にブッ飛んで行ったのです。大剣は宙を舞い、地面に突き刺さりました。その持ち主は、脇腹を思い切り蹴り飛ばされ、霧の向こう側へ消えていきました。

 そしてあなたの前には、サイファーに代わり、一人の女が仁王立ちしておりました。

「な~にを辛気臭い顔してんの」

 エメリア・ドリアデス。我らが女将さんは、勝ち誇ったような顔で腰に手を当てています。

「ったく、ファーちゃんは相変わらず熱血馬鹿だね~」

――――いつから、いた。

「最初からー。バカねえ、ここはアタシの宿屋なのよ? 女将は何でも知っている」

 だったらもう少し早く来てほしかった、あなたはそう思いました。

「さ、ほら。早く行った行った。時間、無いんでしょ?」

――――それで、いいのかな。

「何? ファーちゃんに言われたこと気にしてんの? バッカじゃない?」

 表情のさえないあなたの頭を、エメリアはグリグリとなでます。「アンタがここで教会に行って自由の身になっても、クラちゃんは幸せになれないわよ。コルスタで、約束したんでしょ。アンタが傍にいてやらないで、どうするの。アンタがアリューゼだろうが、そこは関係ないのよ」

「そうだよ。今度は、わたしがアリューゼについて行く番」

 クラリスが頷き、あなたも頷き返しました。そうです。ラファエルも言っていました。あなたを愛する人がいる限り、あなたは死ぬことを選んではならないのです。

――――クラリス。来て、くれるか。

「もちろんだよ」

――――……ありがとう。

 

     ◆ ◆ ◆

 

 あなたたちは、サイファーが追ってくる前に宿を離れることにしました。

「大丈夫、ファーちゃんも目が覚めたら逃げてもらうから」

 宿を出る直前、エメリアはそう言いました。「ファーちゃんだけ捕まるようなことにはしないからさ」

「うん、よろしくね、エメさん」

 クラリスとあなたは、最低限の荷と食糧を持ち、真夜中の森へと一歩足を踏み出しました。そこでクラリスは、思い出したように振り返ります。

「そうだ、エメさん。どうして、コルスタでアリューゼがわたしに言ったこと……知ってるの?」

「決まってるでしょ。女将は何でも知っている。そゆこと」

 ニヤニヤ笑う女将に見送られ、あなたたちは逃亡の旅路についたのでした。

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